一向に収束しない新型コロナウイルスの感染に対して日本政府は2021年1月13日に首都圏、関西圏、中京圏、福岡県など、幅広い地域に緊急事態宣言を発出するとともに、外国人の入国に対しても厳しい規制措置を打ち出した。
このような状況の中で、同日台北駐福岡経済文化弁事処(陳忠正処長・総領事)の協力を得て、西日本新聞社・久永健志国際部長が台湾の陳時中・衛生福利部長(厚生労働大臣に相当)に緊急オンラインインタビューを行い「台湾が新型コロナウイルスの感染拡大をいち早く抑え、封じ込めに成功した秘訣」を聞いた。
陳時中部長(67歳)は1977年に台北医学院(現台北医科大学)歯学部を卒業して歯科医師として働きながら業界団体「中華民国牙医師公会全国聯合会」の幹部となり、1990年代に台湾で健康保険が導入されたときに、同会理事長として歯科治療の保険への組み入れを医師会や政府に働きかけて実現した。また国家財政に負担を与える医療費の膨張を抑える総額制導入にも協力し、医療行政全体への貢献が評価されて2004年の民進党・陳水肩政権2期目で衛生署副署長として政権入りした。
2017年2月から、蔡英文政権で衛生福利部長に就任。政府の新型コロナウイルス対策を主導する「中央感染症指揮センター」の指揮官も兼務している。
台湾で84人の死者を出す結果となった2002年~2003年の新型肺炎「SARSウイルス」対応の苦い経験を踏まえて徹底したコロナ対策を行い、毎日の記者会見でその内容と状況を丁寧に説明して国民に協力を求めるとともに安心感を与え、高い支持を得ている。執務室にベッドを持ち込んでの昼夜を問わぬ働きぶりから「鉄人部長」とも称される。
また台湾の世界保健機関(WHO)への復帰活動を強く進めており、コロナ禍が起きる前の2019年5月には福岡を訪問して台湾の復帰を求める九州・山口の人々5,000人の署名簿を受け取り、「世界の病気予防のために台湾と日本の交流を密にして頑張りたい」と述べてスイス・ジュネーブのWHO本部で交渉に当たるなど精力的な活動を行ってきた。
以下、台北駐福岡経済文化弁事処及び西日本新聞社の了承のもと、同紙記事の内容の一部を引用して、新型コロナウイルス感染対策の「台湾モデル」についてのインタビュー内容を紹介する。
Q:台湾には約2,350万人が暮らすが、累計感染者は900人に満たず、死者は7人にとどまる。なぜここまで抑え込むことができたのか?
A:中国・武漢で確認された新型コロナ感染症にいち早く警鐘を鳴らし、迅速に水際対策を実施したからだ。未知のウイルスに対応するため、専門家で構成する特別委員会が防疫対策を練り、その対策を政府と衛生福利部・疾病管制署(CDC)が確実に実行した。
Q:日本も当初から水際対策を取ったが、感染拡大を阻止できなかった。
A:台湾はPCR検査による感染者の発見よりも、発熱などの症状がある人の隔離を重視している。検査で陰性と判定されても、実際は偽陰性のまま感染者が市中へ入る可能性があるからだ。入境時に感染の疑いがある人は集中検疫施設で14日間隔離される。
Q:日本政府は経済への影響を恐れて強力な対策に踏み切れなかった。台湾では心配はなかったのか?
A:「防疫が成り立たなければ経済も成り立たない」というのが台湾の基本戦略だ。経済優先で最初はうまくいっても、感染が広がれば経済活動は大きな打撃を受ける。逆に感染を抑え込めば経済回復につながる。この基本戦略を市民に理解してもらうよう努力した。
昨年4月ごろ台湾内の感染者がいなくなり、その1週間後に経済を開放しようという声が上がったが、私の答えは「もう少し待って」だった。2週間後も答えは同じ。結局、経済活動への規制を緩和したのは感染者ゼロが56日(8週間)続いた後だった。感染者がいなくなったことを十分に確かめるまで規制を緩めたくなかった。台湾の昨年の経済成長率は2.5%を超えた。これは防疫が成功すれば経済も回復することを裏付けている。
Q:コロナとの闘いで重要なポイントは?
A:防疫措置や医療資源の確保といった「生理的な闘い」のほかに「精神的な闘い」への対応が重要だ。コロナ禍が始まった当初、台湾の市民は不安を抱いていた。この不安を減らさない限り全ての政策は行き渡らず、効果は上がらない。不安から市民がパニックを起こさないようにするために、感染状況と防疫措置の「公開と透明化」が必要だった。
Q:政府の中央感染症指揮センターの指揮官として連日記者会見を開き、細かい質問に答え続けている。
A:市民は政策の意図や狙いを理解すれば従ってくれる。防疫に関する規制や罰則は必要だが、社会の中で市民が互いに思いやりを持ってケアすることはもっと重要だ。思いやりの気持ちがあれば、全ての防疫政策はうまく機能する。新型コロナとの闘いでは、国民が手を携えて一致団結することが極めて大事だ。
Q:新型コロナの封じ込めに向けて世界各国は連携する必要がある。
A:各国の風俗や文化は異なるのでコロナ対策も一様ではない。ただ、私の経験から言えば、効率的で簡単なやり方が良いと思う。
世界にまん延する公衆衛生の問題を政治問題化してはいけない。台湾は世界保健機関(WHO)への参加を認められていないが、2,350万人の台湾市民の健康権を無視しないでほしい。各国が情報を公開し共有することで、ウイルスを封じ込めることができるはずだ。防疫上の豊富な経験を持つ台湾は世界の役に立つことができる。