日本で商工業を営む台湾出身者同士の連携を図り、心の広場となっている在日台湾商工会議所(以下台商会)。この発起人の一人で、尽力したのが台湾同郷協同組合常任理事、元在日台商会・会頭の劉吉朗氏である。
1927年に台中県東勢郡(現在の台中市東勢区)に生まれ、18歳の時に兵隊に行った経験もある劉氏は日本語での教育を受けられたが、それでも愛郷心だけは人一倍強いと自負する。終戦後、劉氏は台湾旅行社(前身が台湾JTB)に入社し、日本支店長として1955年に来日した。当時の台湾は戒厳令が敷かれており、海外渡航は容易ではなかった。公務員だったため来日する事が出来た劉氏は、日本で初めて「自由」を目の当たりにし、日本に強く惹かれたという。3年後に帰国予定だったが、会社の民営化とともに日本に残ることを決め、台湾に残してきた妻子を日本に呼び寄せることが出来た。
その後、台湾語、中国語、日本語を自由に操れる劉氏は東京華僑総会で服務部長を務め主に翻訳の業務に携わると同時に、台湾最大手の旅行会社である東南旅行社の設立メンバーになった。後に、生まれ故郷の名を取った東勢観光を華僑総会内に設立、在日台湾人の旅行手配に貢献した。仕事面でも多忙だった劉氏だが、在日台湾人の商工業者が連帯感を強め、相互親睦を深め、情報を交換する共通の広場として「在日台湾商工会議所」を5人の発起人とともに1978年に設立。劉氏は北村泰仁氏(前名誉会長・故人)とともに台商会の世界的発展へと貢献した。その結果、台商会は日本のみならずアジア、そして世界中で設立されるに至っている。いわば世界中の台商会の生みの親でもある劉氏は台商会名誉会頭として3年前まで 台商会の発展に貢献した。85歳になる今でも在日台湾人の心の拠り所であり、台湾同郷協同組合の常務理事として台湾同胞の福利事業の充実に日々勤しんでいる。