2015年直木賞受賞作家・東山彰良のルーツ

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2015年直木賞受賞作家・東山彰良のルーツ

 

日本で最も名誉ある大衆文芸賞である、直木三十五賞(通称「直木賞」)。このほど2015年第153回直木賞の受賞者が発表され、台湾出身で福岡在住の作家、東山彰良(本名:王震緒)さんの「流(りゅう)」がこの栄光に輝いた。東山さんは初めてノミネートで同賞を獲得、台湾人としては、邱永漢さん(1955年)、陳舜臣さん(1968年)に続く3人目の同賞受賞者となった。

 

直木賞を受賞した東山彰良さん(提供:中央社)
直木賞を受賞した東山彰良さん(提供:中央社)

 

選考委員の満場一致『奇跡のような受賞』

東山さんは8月21日、東京都内にて行われた第153回芥川賞・直木賞の贈呈式に、芥川賞を獲得した「火花」の又吉直樹さんと「スクラップ・アンド・ビルド」の羽田圭介さんと共に出席した。

祝辞を述べた直木賞選考委員の高村薫氏は、東山さんの受賞について「選考委員、全員がマークをつけた満点の受賞です。作品のジャンルや好みの異なった選考委員が口を揃えて絶賛することは普通ではありえないこと。奇跡なような受賞です。私としても、この10年間で『流』は文句なしのベストです」と称賛。選考委員の書評が発表された、「オール讀物(9月号)」でも、「活き活きとした表現力、力強い文章、骨太のストーリーテリング、(人生・青春・家族の滑稽と悲惨)を把握して全編に漂うユーモア、全てにおいて飛び抜けた傑作」(宮部みゆき)、「たしかに素晴らしい読書体験だった。治安や秩序が不安定な土地を舞台にした青春小説は、ダイナミックで破天荒で爽快で、作中に登場するファイヤーバードに乗っているかのような疾走感があった」(東野圭吾)など絶賛だった。

東山さんは同式で感謝の言葉を述べた後に、「直木賞は僕の平坦な作家人生に生じたすてきな不整脈のようなもの。やがて落ち着いていかないと作家としてのキャリアは終わってしまう。今日をピークとして、自分の作品の世界に戻っていきたい」と心境を話した。

 

東山さん(左)は芥川賞を獲得した又吉直樹さん(中央)と羽田圭介さん(右)と受賞式に出席
東山さん(左)は芥川賞を獲得した又吉直樹さん(中央)と羽田圭介さん(右)と受賞式に出席

 

 

同賞受賞で一躍、話題の人物となった東山さんは台湾新聞のインタビューに応じ、同書執筆の裏側や自身について語ってくれた。

家族の物語を書く意味

同作は、1970年代の熱気に溢れ混沌としていた台湾を舞台に、東山さんが自身の家族のルーツと向き合った書き下ろし青春小説だ。17歳の葉秋生(イエ・チョウシェン)は祖父が殺されているのを発見する。殺人事件を通奏低音に無軌道な秋生の青春を描き、やがて事件は中国の国共内戦の過去につながっていく。

東山さんは、5歳まで台湾で育ち、父親の仕事の関係で5歳のときに一度広島に移り2年ほど滞在。その後、一旦台湾に戻るも父親が福岡で再就職し、9歳のときに再び日本に居住。その後はずっと福岡で生活している。日本移住後も、子どもの頃は夏休みになると必ず台湾へ帰り、約1ヶ月を台湾で過ごした。

「僕は、中国出身の祖父の物語をいつか書きたいと思っていたが、中国にはあまり行ったことがないし、現地の空気感がよく分からない。しかし台湾の1975年前後であれば、自分が肌感覚として良く知っている街なので、華人圏を舞台に小説を書く練習のつもりで、舞台を知っている街(台湾)に、主人公のモデルを台湾で育った父親に設定し、書き始めた」と執筆の動機について話した。東山さんによると、同作の内容は、東山さんの父親の体験などを参考にした部分も多く、小説でありながらも、ノンフィクションの部分が混在している。

東山さんは、受賞決定直後の7月16日に都内で行なわれた記者会見で、家族の物語を書く意味について、「たとえば子どもの頃は台湾と日本を行ったり来たりしていたんですけれど、どちらにいてもちょっと『お客さん感覚』というのがあって、そこの社会になかなか受け入れられないところがあったのですが、やっぱり家族は自分の確固たるアイデンティティが持てる場所ということで、後付けになりますが、もしかしたらそんな思いでこの小説を書いたのではないかと、今は思っております」と話した。

家族こそが確固たるアイデンティティだとする東山さんには、現在、日本人の奥さんと大学2年生の長男、中学3年生の次男という家族がいる。

息子たちの同作への感想を尋ねると東山さんは「実はまだ子供たちは同作を読んでいないのです。受賞式にはきてくれたのですが。でも、本は強制して読ませるものではないので、子供たちがそのうち自然に手に取って読んでくれると嬉しいですね」と思いを述べていた。

奥さんについては「私と同じで台湾の美味しいものが大好きなんです。家でも台湾料理を作ってくれます」と、仲睦まじい家族である様子が伺えた。

 

 

作家を目指すきっかけは1人のミュージシャンとの出会い

そもそも東山さんはなぜ作家を目指したのだろう。

東山さんの人生の変えたのは2000年。この年、吉林大学経済管理学院博士課程の博士論文を書いていた東山さんは、なかなか指導教授のOKがもらず、学位を取得することが絶望的な状況に陥ったという。学位がなければ大学へ就職することは不可能であっため、アルバイトで通訳や、レストランの皿洗いで収入を得た。

そんな状況の中、ちょうど東山さんの次男が誕生し、養うべき家族が増えた。さらに職業について悩むようになった東山さんは、その年の夏に台湾に帰国し運命の出会いをした。出会った相手は台湾のロックバンド伍佰&China Blueのキーボード担当、余大豪さんだった。

東山さんは、彼らが若い時に音楽だけで食べていけなくって苦労した話しを聞き、そして2000年当時の活躍を目の当たりにし、「自分は人生で打ち込んだことってなかったな」と思わされる。そして2000年の12月、家族が寝静まった夜更けに1人でパソコンを立ち上げ、準備も計画もないまま、小説を書き始めた。これが作家人生の始まりとなった。

「元々、作家になるつもりはなく、本当にやりたかったのは音楽。音楽がすごく好きなので、もし僕に楽器が出来たり歌が歌えたりしていたらそっちの方面にいったかもしれない。残念ながらそのようなことは全く出来ないので、その、もやもやドロドロしたものが文章になって出てきたという感覚です。僕に出来ることをやった、それが文章でした。余さんに出会ったことが、(作家を目指した)1つのきっかけです」(東山さん)

余さんは、8月の頭にも家族を連れて福岡にいる東山さんを訪ねて遊びに来るなど、いまでも付き合いのある大切な友達だという。

 

 

 

東山さんが語る日台の関係

日本と台湾の両国にルーツをもつ東山さんに、今の日台関係について訪ねてみた。

この問いについて東山さんは「少し前の韓流ブームはアイドルやドラマがブームを牽引していたとおもうが、最近の台湾ブームはもっとベースの深い部分で台湾を気に入って頂けているという印象をもっています。何かに乗っかって台湾に向かっているのではなく、徐々にひとつの定番として台湾が立ち上がっているような気がする。もちろん願望もあるが、台湾が海外へいくときの強力な選択肢になるといいと思う」との考えを示し、「とても嬉しいことです」と話した。

また、同作の中では日台の歴史的な確執のことなどについて触れられているが、東山さんによると、「このような歴史について知らなかった」という日本人読者が多く、目新しくこととして映っているという。「もし同作が中国語に翻訳された場合は、台湾人にとっては、(同作に描かれた歴史的事実は)まったく目新しくない、ほとんど常識に属するような出来事です。同書を読んで頂くことが、そこの日台間のギャップ、隙間を埋める手助けになるかもしれない」と話し、同作の可能性を感じさせた。

 

このほど直木賞を受賞し、より多くの日本人の目、そして心に触れる機会を得た「流」。これにより、台湾の背景や本質に触れることがなかった日本人も、この極上のエンターテインメント作品を通じ、台湾という国におのずと興味を持つかもしれない。「流」が日台の間で、今までとは異なった新しい形の「交流」をもたらすことに期待したい。

 

 

早くも出版が期待される中国語翻訳版

東山さんの「流」の直木賞受賞という吉報は台湾のニュースでも大きく取り上げられた。また、来年の時期総統選挙に立候補している民進党の蔡英文主席も、同作の受賞が決定した翌日の7月17日、自身のFacebookで同作についてコメントを投稿した。蔡主席は「同作は、さらに多くの台湾人にこの土地で起こった歴史の傷跡と故事を知らせることとなる。これにより、さらにお互いを思いやることが出来るだろう」と、同作の中国語翻訳版の一刻も早い出版に期待を示した。

書店に並べられた「流」
書店に並べられた「流」

東山さんによると、同作の中国語翻訳版については、現在日台の出版社同士で話し合いを行っており、すでにいくつかの台湾の出版社が、一部分だけ翻訳したものを提出してきているそうだ。「近いうちに形になればいいなと思っている」と話す一方、東山さんには翻訳について少し不安もあるという。

「中国語を話すのは問題ないものの、読むのは骨が折れるし、捉えきれないため、台湾の小説も日本語に翻訳してあるものを読みます。なので、自分自身で中国語に翻訳するのは無理ですね。圧倒的に語彙が少ないです」(東山さん)

台湾の出版社が送ってきた翻訳のサンプルも、東山さん自身ではなく、東山サンの両親が替わりにニュアンスが合っているかなどの確認をしてくれているという。

なお、翻訳版の出版はまだ予定が定まらないが、次回作は既に書き終わっており、来年にも出版される予定だ。作風も同作とは全くことなるSF小説だという。

「小説を書き続けるのが当面の大目標です。素敵な読書体験ってゆうのは、時間を忘れて自分が一瞬でもその物語に入り込めるものだと思う。もし読者の人にとって、日常な煩雑なことを一瞬でも忘れて頂ければ僕はいうことがない」(東山さん)

 

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