台湾台中市は10月23日、第2選挙区(沙鹿、龍井、大肚、烏日、霧峰)の陳柏惟立法委員(国会議員)に対するリコールの賛否を問う住民投票が実施した。賛成7万7899票で反対7万3433票を上回り、同市選挙委員会はリコール成立と発表した。台湾では国会議員のリコールは初めて。2020年6月の高雄市長リコールからの公務員リコールは3件目。現在、リコール条件の改正をめぐり、台湾の与野党が激しい論争を続けている。
陳柏惟氏は誰?
陳氏は台湾高雄市出身で、台湾独立を主張するミニ政党・台湾基進を代表し、2018年高雄市議員選に出馬。当時は韓国瑜・高雄市長候補(中国国民党所属)が市内に愛情観覧車設置を公約に掲げていたが、陳氏はその可能性について映像で疑問を投げ、台湾では大きく話題となっていた。市議選では最高票で落選したが、若者を中心にネットでの支持が高まり、2020年の立法委員選挙への参戦表明をして台中市第2選挙区に出馬した。
選挙区では台中市顔家の一員で顔寛恒(中国国民党)の牙城だった。陳氏は選挙戦略としてネットで若者の支持を集めて顔氏に挑んだ結果、顔寛恒の三選を阻止した。これで顔家の台中県時代から30年続いた不敗記録は終焉した。
2020年から台湾のリコール運動
2020年から台湾では公職リコールの風潮が始まり、最初に落馬したのは元高雄市長・韓国瑜氏だった。韓氏は2018年の高雄市長選で民主進歩党の陳其邁氏を破り、民進党の地盤ともいえる高雄市で20年ぶりに国民党系市長となった。その勢いがネットで「韓流」と呼ばれ、2020年総統選の候補に選出されたが、市政評価では最下位の22位で、高雄市において支持率が下がった。2019年10月、市民団体が市長のリコールを求める運動を開始し、2020年6月6日に韓国瑜・高雄市長に対するリコールを問う住民投票により、韓氏が解任された。
これを受け国民党支持者は親民進党陣営の公職を対象に、リコール運動を始めた。2021年1月、台湾桃園市の王浩宇市議(民進党)に対するリコール投票が成立した。王氏はネットで「抗中保台」のスローガンを掲げ、激しい口調を繰り返したことで、台湾政界では賛否両論の人物だった。
2月には黃捷・高雄市議(無所属)へのリコール投票があった。黄氏は2018年の市議選に時代力量を代表して初当選し、市議会で当時の韓市長への市政弁論で韓市長の答えに対し、白目で見たことで話題人物になった。今回の投票結果は不成立。
陳氏リコールの始末
続いては陳柏惟氏のリコール投票だった。陳氏は当選して以来、「母語問政」決議案を提出したり、アメリカ産豚肉の輸入禁止を解除する議案を支持したりにし、親民進党の立場を取り続けていた。同氏の解職を要求する団体は昨年の6月にフェイスブックでファンページを開き、リコール運動を始めた。
当該団体によると、陳氏は当選後、有権者の意思を背いたこと、失言が相次いだこと、反対派の意見に聞かないことを理由にリコール運動を展開したという。
リコール運動は国民党が支持した一方、民進党は反対の姿勢を取り「青緑対決」の体勢に入った。台中市選挙管理委員会が8月28日に住民投票の実施を決めたが、新型コロナウイルスの影響により10月に延期した。
投票の結果、賛成7万7899票で反対7万3433票を上回り、該選挙区有権者の4分の1を超えて成立した。
陳氏は選管会の発表の直後、支持者に謝意を伝え「在任した1年9ヶ月で7万3000人余りの有権者が評価してくれた」と述べた。
これを受け与党・民進党は「これが報復性リコール」と批判し、党内ではリコールの条件を修正する声が現れた。国民党側は「現行のリコール条件を提出したのは民進党だった」と反撃し、リコールにおいて与野党の争いが続いている。
台湾現行のリコール条件は?
中華民国憲法では住民が公職に対するリコールの権利を保障するが、1975年までリコールに関する法律はなかった。台湾が実施する「公務員選挙解職法」では、立法委員へのリコールは3段階の手順があり、第一段階は同選挙区有権者の100分の1の署名が必要とし、第2段階は10分の1の署名が要求される。第3段階で登場するリコールを問う住民投票には賛成票が反対票を上回るほか、有権者数の4分の1を超えるのも条件。
今回の陳氏へのリコール投票の結果は条件を満たして成立。一方、リコール投票において賛成票が7万7000人余りと、2020年陳氏の得票11万2000人より低いことについて、民進党の劉康彥報道官は「少数人が多数人の選択を否定」と指摘し、民進党系立法委員許智傑氏は「リコール条件を有権者数の35%にあげた方がいい」と提案した。これに対し、現新北市議で元国民党報道官である陳偉傑氏は「すべでは民進党の政治的算計だ」と揶揄した。
日本のリコール条件
リコールの条件をめぐり、台湾では論争はまだ終わらないが、日本のリコールの条件は内閣制度を実行しているため国会議員のリコールが少数派を排除する可能性につながる。衆議院議員は4年、参議院議員の場合最長で6年は身分が保障されている。
一方、地方自治法ではリコールの規則が定められる。有権者の3分の1の署名を集めて選挙管理委員会に請求し、有効であれば請求から60日以内に住民投票を行い、有効投票総数の過半数の賛成があれば成立する。直近で成立したのは2020年12月6日に群馬県草津町議会の新井祥子元議員のリコールだった。