開幕式で幕が降りた、台湾人の北京五輪

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中華奧會フェイスブックより

転載元: The News Lens Japan
https://japan.thenewslens.com/article/198

2022年の北京冬季五輪は2月20日に閉幕式が行われて、終わりを告げた。マスコット「冰墩墩(ビンドゥンドゥン)」の可愛い笑顔が見せたような平和の祭典であるはずだった。しかし、周知の通り、新型コロナウイルスの隔離や検査の問題、選手の競技服検査の問題、ドーピング問題などが度々公平性の論争の的となった。また競技のほかに、某有名テニス選手のセクハラ問題、香港の言論自由の弾圧、チベット自治区、新疆ウイグル自治区のジェノサイド問題、江蘇省徐州市の女性誘拐事件など、選手を応援の声以外に、様々な、問題に対する声も多く聞かれた。中国国内の様々な人権問題は不吉の雲のように「平和の祭典」の空を曇らせ、さらにロシアのウクライナ侵攻問題は世界中に不安を募らせていた。閉幕式のあと、片付けられずに多くの課題が残されたままだ。

一方、台湾の人の冬季五輪に対する感覚はほかの国と違っていた。殆どの台湾人にとって、開幕式にN H Kのアナウンサーが「台湾です!」と紹介した瞬間に競技に対して関心の大半は失われたのではないだろうか。台湾での注目度が最も高かった選手は、おそらく日本のフィギュアスケートの羽生結弦選手か、国籍問題と美貌が論議の中心となった中国の谷愛凌(アイリーン・グー)選手だろう(羽生選手は勿論テクニックがすごいが、筆者を含めほとんどの台湾人はアクセルとトゥループの違いを理解していないはず)。

それはそうだろう。南国の島・台湾は標高3000メートル以上の山以外に殆ど雪が降ることはなく、冬季五輪のウィンタースポーツの競技種目に出場できる選手を育てることはそもそも難しい。台湾を代表する「中華台北(Chinese Taipei、チャイニーズ・タイペイ)」五輪選手団(台湾のメディアでは「中華隊」とも略している)は、冬季五輪でメダルを獲得したことが全くなく、例年数人程度しかエントリーできない。今年もアルペンスキーに男女一人ずつ、リュージュに女性一人、スピードスケートに女性一人、合計四人しかエントリーできなかった。エントリーできた選手も、落選した選手も大変苦労していたが、その種目の認知度は低く、台湾国内では殆ど注目をされていなかった。日本と同じく、台湾では、国際試合で入賞できなければ、その種目の人気を盛り上がらず推進することは非常に難しい。メダリストを輩出した昨年の東京五輪とは違い、新型コロナウイルスの感染拡大の影響の中、台湾のマスメディアの冬季五輪についての報道は盛り上がりに欠けた。

一方、中華人民共和国の国際的孤立作戦により、日本を含め殆どの国と国交関係を樹立していない台湾の人々は、国際のスポーツ競技大会を見るたびに、スポーツ界の差別的待遇、無念さを感じてしまう。1970年代以来、世界中の競技大会に出場するために、「中華台北」というチーム名を使わなければならないーー日本の代表団が「日本東京」の名前で出場するようにおかしいものである。

本来ならば、スポーツ選手が政治の要素により国際的に排除されないよう「中華台北」という名前を使用してきたが、この「台湾」でも「中華民国」でもない名前は当たり前に台湾の人に屈辱さえ感じさせる。2014年「ひまわり学生運動」以後、若者の本土意識は日に日に増し、果てには2018年に元五輪陸上メダリストの紀政(1944〜)氏などが「台湾という名前で東京五輪に参加する」という国民投票を起こした。ただそれは「選手は五輪に参加する資格を失う」というデマの流布や政治論争などで反対多数に終わった。

故に2021年の東京五輪の開幕式に、「チャイニーズタイペイ」選手団が登場するときにNHKのアナウンサーが「台湾です!」と言い放った時に、台湾の人々は積年の鬱憤が取り払われ、まさに胸が空く瞬間だった。東京五輪では金メダル2枚、銀メダル4枚、銅メダル6枚、合計12枚という史上最高の成績を残し、閉幕後もしばらく五輪フィーバーが続いた。

その数ヶ月後の北京冬季五輪では同じことがまた繰り返された。中国五輪委員会はルールに従い、台湾からの選手団を簡体字の「中华台北」と場内アナウンスで紹介した。しかし、中国の外務省や中国メディアは二枚舌で「中国台北」を連呼した。政治問題をスポーツに持ち込んだのである。選手団の呼称問題で当初は北京冬季五輪をボイコットするとも検討されたが、最終的には、台湾側の意見が受け入れられ、中国側と合意できたため出場した。それにもかかわらず、事前の約束を反故にされた。勿論、NHKのアナウンサーは東京五輪の時と同じく今回も「台湾です!」と紹介した。SNSサイトなどには人々の歓喜のコメントが溢れていた。しかし、前述のように、入賞する見込みが極めて低い台湾チームであっても、「台湾です!」と、自分のことを本当の名前で紹介される喜びは、何ものにも勝る「誇り」なのだ。負け惜しみであろうと、それは紛れもない「勝利」であるーーたとえ、この勝利は中国近代文学の父・魯迅曰く、自虐的な「精神勝利法」によるものだとしても。

雪のほとんど降らない台湾ではウィンタースポーツは国民に馴染みはなくとも、「平和のスポーツ祭典」での各選手の健闘を応援しながらも、今ひとつ盛り上がらなかったのは、そんな政治的な駆け引きが曇らしたからだと思わざるを得ない。

台湾人が世界規模のスポーツ祭典に参加するには、恐らくこれからも「中華台北」という名前を押しつけられ使い続けるであろう。それでも、ボイコットせずに参加を続ける必要があるのだ。なぜなら、それは中国の台湾に対する国際的封鎖を解き、世界に認められる数少ないチャンスであるからだ。たとえ、本名で呼ばれるようなささやかな一瞬の歓喜でも、国際舞台で自分の置かれている悲しい現状、押しつけられる自分の名前、頻発する領空侵犯する中国戦闘機の武力威嚇、中国沿岸に置かれている数千枚の弾道ミサイル…数えきれないほど多くの苦悩とプレッシャーを忘れられる、台湾人にとっての民族主義の麻薬である。皮肉にも、このような「麻薬」を、これまでも、これからも、五輪という「政治干渉のない」「スポーツマンシップを謳歌する」「平和の祭典」で堂々と世界中の人々、そして綺麗な聖火台の前に乞い続けるのであろう。

平和の祭典の閉幕から一転、ウクライナへの侵攻、聖火が消え戦火を起こした。あの冬季五輪で肩並べ、笑顔を浮かべていた中露の両首脳は何を話されたか。いま思うと、猜疑心が頭を擡げる。

それは、紛れもなく北京五輪のマスコット「冰墩墩」の可愛い笑顔の裏に隠された、もう一つ不都合な現実なのだ。ウクライナでの戦火が続く中、4日には北京冬季パラリンピックが開幕する。これ以上、不都合なことが続かないよう切に願う。

文:劉靈均