福岡県・豊前市と台湾・屏東県にある2つの博物館が4月21日に「友好音楽祭」を開催した。
「芙蓉博物館」は太平洋戦争末期に鹿児島県岩川基地(現在の志布志市)に作られた海軍の「芙蓉部隊」を記念した博物館で、豊前市の渡辺家の祖先が予科練習生に食事を振舞うなど、何かと世話をしていた。(芙蓉部隊の美濃部司令官は特攻命令を拒否し、零戦、彗星による夜間攻撃を指揮したという)
一方「蕭博物館(客家文物博物館)」は台湾・屏東県にあった陸軍佳冬(かとう)飛行場を記念した博物館で、戦時中、蕭家が当地の将校に食事を振舞うなどの激励をしていた。
海軍と陸軍、予科練習生と将校の違いはあっても、ともに祖国を守る軍人を応援していたという共通点がある上に、両家の末裔が奇しくも福岡県の九州歯科大学の先輩・後輩であったことが「友好博物館」の縁につながった。
友好博物館となって6年目にあたる今年は、芙蓉博物館・名誉相談役の平野隆之氏(元陸上自衛隊陸将補)が駐在武官としてインドに赴任していた時の印象や、中国を抜いて世界一の人口となった同国の世界経済や平和維持における重要な役割について説明があり、同国への参加者の注目を喚起した。
話に次いで平野氏がバイオリン取り出し、松本究和・エンタープラーズコンコード社長のピアノと協奏したときには一瞬会場がどよめくほどの見事さがあった。
その後休憩になり、台湾の大禹嶺茶がみんなに振舞われたが、このお茶にも戦後、芙蓉部隊の隊員を台湾に帰郷させるにあたっての深い想い出があるとのことを、渡辺館長が昨日のことのように披露し、参加者に深い感動を与えた。
台湾茶を飲んで一服したところで庄野庸雄氏が蕭博物館の現況や客家(はっか)として先祖が台湾に渡った歴史をスライドで紹介すると、入り組んだ台湾社会の構図を初めて知ることが多い話に人々の興味が盛り上がった。
その中で、庄野氏が「屏東県の尽力により蕭家洋館が修復できた」と述べたことを受けて渡辺館長が間髪を入れず「次回は台湾の蕭博物館での開催にしよう!」と発言し、ハプニングのうちに次回の開催地が決定した。
音楽会の最後は、日本と台湾を愛で結ぶにふさわしい陳泗治作曲の「龍の舞」、愛は花であり種であるという意味を込めた「ザ・ローズ」、日本人なら誰でも知っている名曲をアレンジした「さくらさくら」を庄野夫人・宜子氏がピアノで演奏し、深い感銘を与えて終了した。