文/大田一博
『日本経済新聞』は5月30日、慶應義塾大学の渡辺将人教授のコラムにおいて、「米国の台湾観はまだら模様」のと題し、紙面の三分の二を費やして、米国政府や民間、さらには世代間で台湾問題に対する見解が大きく異なっている状況を詳細に分析した。
とりわけ世代間の差異は顕著である。ピュー・リサーチ・センターの調査によると、米国が台湾防衛のために軍事介入すべきかとの問いに対し、18〜29歳の若年層は介入に否定的であり、60歳以上の高齢層は介入に前向きな傾向が見られるという。
渡辺氏はコラム内の副題として次の三つの要点を提示している:
1. 「台湾の米国不信強まるが「離米」ありえず」。
台湾の「対米不信論」は高まりつつあるが、「脱米」は不可能である。
2. 「米国の中台問題への見方は世代間で相違」。
米国の台湾・中国問題に対する見方には世代間ギャップが存在する。
3. 「米国政治の世代交代で台湾政策は一新も」。
米国の対台湾政策は世代交代を経てはじめて大きく刷新される可能性がある。
渡辺氏の洞察は警鐘としての意味合いが強く、台湾海峡の安全保障はワシントン政府の台湾支持声明にのみ頼るべきではなく、米国世論の支持と世代を超えたコンセンサスが不可欠であることを浮き彫りにしている。ただし、同コラム内では台湾がいかにしてこれに対応すべきかについては深く論じられていない。
もっとも、米国大統領はバイデン氏の「明確な戦略」からトランプ氏の「曖昧な戦略」に至るまで、いずれも暗黙の了解のもと台湾を支持している。
さらに「六四天安門事件」から36周年を迎える直前、米国のヘグセス国防長官はシンガポールで開かれた「シャングリラ・ダイアログ」において、中国を「脅威」と明言し、これまでで最も強硬な台湾支持声明を発表した。米国政府の台湾支持の決意は、もはや明白なものとなっている。
しかし、米国政府と世論の間に温度差が存在する限り、いざ台湾有事となった際、米国政府の対応は重大な局面で足かせをはめられる可能性がある。
ゆえに当事者たる台湾は、一刻の猶予も許されぬ思いで、次の三つの方策を早急に実行に移すべきである。
一、価値外交――台湾の民主的価値を世界に示すこと。
台湾は「守られる存在」として消極的な姿を見せるより、積極的にその力を示すべきである。米国民に対し、台湾こそが米国および自由世界の最前線の防波堤であり、「厄介な存在」などではなく、自由と民主という価値観を共有する誠実な盟友であることを理解してもらう必要がある。台米の協力は、自由民主の価値を守るための共同の努力にほかならない。
二、善隣外交――台湾を「赤禍」に抗する砦たらしめること。
台湾は世界の民主国家と幅広く連携を強化し、パートナーシップを築いてゆくべきである。これにより 地政学的リスクを低減させるとともに、台湾が「自由世界の戦略的負担」ではなく、「赤化主義の浸透を防ぐ不可欠な力」であるという明確なメッセージを国際社会に発信することができる。
三、自衛の決意――台湾の「自助自強」こそが外部支援を引き寄せる鍵である。
台湾は国防力、民間防衛力、精神的防衛力をさらに強化し、民主的価値を守り抜く強固な意志を示さねばならない。台湾は自由世界の灯台であり、かつ世界におけるかけがえのない戦略的パートナーであることを広く認識させるべきだ。
台湾が「自助自強」できるか否か、それが外部支援の真の引き金となるのだ。
渡辺教授は、米国の政策と世論のギャップを映し出す、誠実な一枚の鏡を私たちに差し出し、国際的な支持は決して「当然の前提」ではなく、日々の地道な努力と主体的な働きかけの成果であることを台湾に警告している。
しかし同時に、日米両政府の台湾支持の決意も明らかである。これは台湾にとって、「受け身」を「能動」に転じる絶好の機会であり、台湾が世界に飛躍する一歩となりうる。
台湾は半導体産業の実力、成熟した民主制度、そして第一列島線の要衝という地政学的優位性により、国際社会の中でも重要な存在であり、国際秩序を守る上で不可欠な力であり、権威主義の拡張を食い止める防波堤でもある。
事実が証明するように、台湾はもはや「アジアの孤児」ではない。新型コロナウイルスが世界に猛威を振るった時、台湾はまさにウイルスと戦う最前線であり、その封じ込めに成功した模範国でもあった。
Taiwan can help;Taiwan is helping――いまや台湾は世界の安定に不可欠な力となっている。「台湾有事」はすなわち「日米有事」、さらには「世界全体の有事」である。
ゆえに、たとえ台湾海峡情勢が流動的かつ不透明であって も、国際化し世界の注目を浴びている現在の台湾は、かつてないほど危険に見える反面、かつてないほど安全でもある。見かけの危機は実のところ転機であり、台湾が脱皮し飛躍するための天からの好機でもあるのだ。
2025年6月20日
京都大学医学博士
大田一博