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台日漁業會談 邁向第3次預備會議
第17次台日漁業會談第2次預備會議,於3月13日在交流協會東京本部會議室召開,會中就漁船作業水域及漁業資源養護議題等溝通及交換意見,台灣方面希望可以在既有的基礎上擴大漁船作業水域,但日方則是依照日本國內法,主張以專屬經濟海域地理中間線為基礎進行談判,因此雙方在認知上仍有差距,不過會上台日雙方皆已達成儘速召開第三次預備會議的共識。

此次預備會議,台灣方面派出駐日代表處業務組組長周學祐擔任團長,外交部、漁業署、海巡署等相關人員皆出席參加,日方則有由交流協會總務部長小松道彥擔任團長,偕同外務省、水產廳、海上保安廳等相關人員出席。
團長周學祐表示:台灣方面期待台日雙方可以秉持著友好關係及資源共享的精神,擱置爭議、追求共識,檢討建立漁業資源養護及管理機制,並希望雙方在正式簽署協議前,能相互尊重現有漁業作業秩序和補漁權益,持續緊密溝通協商。
日台民間漁業協議第2回予備会合、早期妥結に向け、協議加速へ

沖縄県・尖閣諸島周辺海域の扱いが焦点となる第17回日台民間漁業協議に向けた第2回予備会合が本日、公益財団法人交流協会本部会議室にて開催された。

出席者については、日本側は、小松道彦交流協会東京本部総務部長を団長とし、オブザーバーとして外務省、水産庁、海上保安庁の各担当官が出席した。台湾側は、周学佑駐日台北経済文化代表事務所業務部長を団長とし、オブザーバーとして外交部、漁業署、海岸巡防署の関係者が出席した。
協議は友好的な雰囲気の中で行われ、日台双方から、民間漁業取決めの作成に向けたそれぞれの考えに関する説明が行われた。双方の考えは未だ一致していないものの、昨年11月の第1回予備会合での議論を踏まえ、建設的かつ率直な意見交換が行われた。
また、日台双方は、本件協議の早期妥結を導くべく、誠意と善意をもって協議を加速させ、可能な限り早急に次の協議を行うことで一致した。
ショウ・ルオ 日本市場向け観光局CF撮影
交通部観光局の日本市場向けイメージキャラクターであるショウ・ルオ(羅志祥)が13日、台湾大学構内でCF撮影を行なった。観光局によると、今回撮影したCFはロングバージョンとショートバージョンの二種類が作られる予定。そのうち30秒のショートバージョンは、テレビCFとして日本のお茶の間に登場することになる。

今回のCFでは、空港で偶然出会ったショウ・ルオ演じる台湾人青年と日本人女性が、一緒に夜市や、寺廟などの観光名所を訪れ、パールミルクティを飲んだり、占いをしたり、サイクリングに出掛けたりと、「グルメ」、「ショッピング」、「ロハス」の観点から台湾旅行を紹介している。また今回のCF撮影では、台湾音楽界で多くのプロモーションビデオ撮影を手がける黄中平氏が監督を務めている。


また、ショウ・ルオは今回のCFを通して「もっと多くの人たちに台湾を知ってもらいたい」と話し、撮影で猫空ゴンドラにも初めて乗車したことに触れ、「ワクワクした。ケータイで写真も撮った。安全で快適、風景が美しかった」と感想を話した。また、ショウ・ルオが最もお勧めする場所は夜市で「(自身の出身地である)基隆の廟口夜市はよく行っていた」、「夜市には美味しいものがたくさんある。ルーロー飯(滷肉飯)、アワアワシャーベット(泡泡冰)、リョクトウのお汁粉(綠豆湯)とかね」、「安くてお腹がいっぱいになるよ」と魅力を語った。

観光局は今年1月6日から2013年の日本市場向け観光イメージキャラクターとして人気歌手のショウ・ルオを任命している。それまでは日本と韓国で同一のイメージキャラクターを起用し、宣伝・誘致キャンペーンを実施していたが、両市場の嗜好や性質が異なることから、今年から日本市場と韓国市場を分け、それぞれショウ・ルオとアイビー・チェン(陳意涵)が観光イメージキャラクターを務めている。
新竹車站慶百歲 將邀東京車站和紐約中央車站共襄盛舉

由日本建築師設計,於1913年完工的新竹車站,即將於3月底迎來100歲的生日,新竹市政府和台灣鐵路管理局預定舉辦一系列的慶祝活動,屆時將邀請建築師的後代,以及自1914年啟用的東京車站和今年同樣迎來啟用百年紀念的紐約中央車站,一同共襄盛舉。
融合了巴洛克和哥德式風格的新竹車站,是台灣現存最古老的車站建築,百年前由日本建築師松崎萬長所設計,至今已為台灣民眾服務了一個世紀。為慶祝新竹車站啟用一百周年,新竹市政府將本次慶生活動主題訂為「遇見百年前的新竹車站」,規劃了紀念音樂會、攝影展及鐵道文化散步和照片故事主角徵選等活動,希望藉此喚起民眾的回憶,一同回顧新竹車站百年來的歷史。此外,台鐵也計畫將於3月31日在新竹車站滿百歲當天,再次發動CK124蒸汽火車並行駛至新竹,加入祝賀的行列。
ついに日本上陸!台湾映画「セディック・バレ」 ウェイ・ダーション監督インタビュー

2011年に台湾で公開されるやたちまち話題となり、第48回台湾金馬奨グランプリほか、各賞を総なめにした映画「セディック・バレ」がいよいよ日本に上陸する。
同映画は、日本統治時代の台湾で実際に起きた原住民族の抗日武装蜂起「霧社事件」をテーマとしている。
1930年10月27日、台湾中部の山岳地帯、台中州能高郡霧社の原住民族のひとつ、セディック族の6集落は、警察官の収奪や横暴を不満として住民を挙げて蜂起した。リーダーはマヘボ社(集落)の頭目、モーナ・ルダオだった。蜂起で女子供を問わず、日本人134人が殺害された。この後、日本の軍隊・警察官と蜂起側とのし烈な戦闘が続き、鎮圧されたのは50日以上も後だった。蜂起側は、6社の住民約1000人が死亡、生存者550人が投降した。

本映画の監督・脚本・編集を担当したウェイ・ダーション氏にインタビューした。
一冊のマンガとの出合いが“運命”を変えた
Q「セディック・バレ」制作の発端は。
A 1996年当時、脚本家を目指していたがなかなかいい脚本が書けず、ある日、テレビニュースを見ていて不思議な光景に出会いました。台湾東部の原住民の皆さんが、台北の行政院の前でデモをしていた。「政府は我々の山を奪った。土地を返せ」と。これを見て思い出しました。学校で霧社事件やモーナという人物に関する記述を読んだことを。そこで純粋に好奇心からこの事件について知りたいと思いました。彼らが失ったものは山なのか、土地なのか、それとももっと重要なものを失ったのか。本を調べていてある日、1冊のマンガと出会ったわけです。そこには、霧社事件についてたくさんのことが書かれていてもっともっと知りたくなり、そこからすべてが始まりました。
Q監督の日本統治時代のイメージは。
A父親や祖父から得た情報はほとんどなく、印象はありません。映画を製作するに当たり、事前にたくさんの情報を集めました。そこから得たものからある種、自分の考えが形成されました。日本が統治した、台湾が統治されたことを批判はしません。確かに過程をみると日本は台湾をなんとか統治、経営しようとしたわけですが、台湾にはたくさんの原住民がいてそれぞれ異なる考え方、思考がある。文化、伝統を持っていてこのような多くの民族をたばねてなんとか経営を成功させようとするのは、非常に大変なことだというのは、分かると思います。いいこともあれば、悪いこともあります。
Q映画を作るに当たり、日本の統治をどう評価したか。
Aいいこと、悪いことの影響について話します。祖父の世代は実際、統治を経験しているので受け止め方はストレートです。いいことを経験すれば「これはいい」となり、嫌なことを経験すれば「よくない」となる。父親が統治時代を経験していなければ祖父の話を聞くしかない。そこに影響の問題が出てきます。加えて、我々は別の時代に生きていますから、プラス時代の教育の影響もあります。愛と憎しみに関していうと、どんどん拡大解釈されていくと。これは問題かなと思います。バランスの取れた観点から過去をしっかり見つめて、何か発見できないか、そう考えました。
Q霧社事件をどう伝えたか。
A観客は現代人ですので、現代の視点で現代人の角度から考えを伝えしようとしますが、これは難しい。堅苦しくなってなんとなく、「俺を教育しようとするのか」みたいな受け止め方をされてしまう。そうすると、80年前の事件から本質的なものを発見することはできないのか。それができて、映画のなかに取り入れることができれば受け入れられやすい。そこで、私が気が付いたのは、歴史は常に繰り返すということです。本質は同じなんです。映画のなかの普遍的なテーマを観客の皆様が見てくれて反省をしたり思考してくれたら嬉しい。
Q原住民、日本人、描き方のバランスは。
A映画を撮るときに、基本はそのまま撮るのであって、誰が見てくれるから、その人のために撮るということは絶対にしません。例えば、台湾人が見るから台湾人を美化して、日本人を批判するとか。バランスということでいうと、原住民は原住民の立場があり、日本人も日本人の立場があり、それぞれの立場で事件を見ると。私にできることは、その事件をそれぞれの立場から内容を伝え、観客がそれを見て思考する、考える、それがとても大事だと思う。
Q霧社事件の撮影について。
Aこの映画は残酷な場面がいっぱいあります。霧社事件そのものが残忍でしたので。しかし、避けて通れない。どう描くかは、非常に難しい問題でした。どうしようかと考え、1つは霧を使うことにしました。首をはねて血が飛び散るとか、そういうものを回避できるのではないか。女性と子供もたくさん殺されますが、その場面は映像ではわかるんですが、直接には見せない。そこが霧が果たしてくれた役割でした。
Q音楽が印象に残ったが。
A残虐なシーンがありますので、音楽の果たす役割もありました。観客の気持ちをなだめるような、そういう作り方をしました。観客は次に残酷なカットが来ることが分かる。そこで音楽はとにかく(観客の気持ちを)なだめる。音楽はメロディを重視し、編曲し、台湾で有名な詩人に歌詞を書いてもらい、それを女性に歌ってもらいました。それも歌うというより、詩吟みたいな歌い方で。
以上の2つの方法を使って残酷なシーンを処理しました。

ついに日本上陸!台湾映画「セディック・バレ」 主人公モーナ・ルダオ(青年)役 ダーチン インタビュー

2011年に台湾で公開されるやたちまち話題となり、第48回台湾金馬奨グランプリほか、各賞を総なめにした映画「セディック・バレ」がいよいよ日本に上陸する。
同映画は、日本統治時代の台湾で実際に起きた原住民族の抗日武装蜂起「霧社事件」をテーマとしている。
1930年10月27日、台湾中部の山岳地帯、台中州能高郡霧社の原住民族のひとつ、セディック族の6集落は、警察官の収奪や横暴を不満として住民を挙げて蜂起した。リーダーはマヘボ社(集落)の頭目、モーナ・ルダオだった。蜂起で女子供を問わず、日本人134人が殺害された。この後、日本の軍隊・警察官と蜂起側とのし烈な戦闘が続き、鎮圧されたのは50日以上も後だった。蜂起側は、6社の住民約1000人が死亡、生存者550人が投降した。
この映画で、主人公モーナ・ルダオ(青年)役を演じたダーチンにインタビューした。

「セディック・バレ」抜擢で大きなチャンスをいただきました
Q 初めての映画出演の感想は。
A初めて映画に出演して、監督が自分をモーナ・ルダオ役に抜擢してくださり、大きなチャンスをいただいたことに感謝しています。まさか台湾でここまでヒットするとは思わなかった。私自身有名になれたことは思いがけないことなんです。
Q撮影現場での苦労は。
A撮影現場は大変なことの連続でしたが、映画をみますと1シーン1シーンの記憶が蘇ってきます。気分よくしっかり演じることができました。私はタイヤル族出身ですが、セディック族とは文化・習慣が似ています。元は一緒だろうと思いますが、ただ、言葉が違う。
セディック語の訓練にかなり、気を使いました。
Q険しい山中を裸足で撮影したとか。
A私たちの先祖が実際、山の中で裸足で暮らしていた、狩猟をしていたのは本当のことなんですね。時代考証により監督は当時のまま裸足で演じて欲しいと。ただ、山中には目に見えないところにイバラ(トゲ)がいっぱいあるんですね。裸足で山に入ると必ずトゲが刺さるというのが分からなかったんです。撮影中は痛いとか言えず、シーンが終わるまで我慢していました。
Q戦闘シーンが大変多いが。
A第一部太陽旗、第二部虹の橋、上下を通じてたくさんの戦闘シーンがあります。私に限らず、皆さん、戦いの場面は必死になって、力を限りに全力でやっていました。山の中では原住民はほとんど服を着ていません。ほぼ裸体に近いわけで服を着ている場合より当然、ケガが多いわけなんですが、にもかかわらず、他の方も戦闘シーンでは頑張っていました。こうやって演じ終えて映像を見ると、それだけのことをやる価値があったなと思って満足しています。

震災から2年 福島の伝統芸能を伝える記録映画台湾初公開
東日本大震災とそれによって発生した福島第一原子力発電所事故から2年。震災で被災した各地の地名は、台湾を含め世界中に知れ渡ることとなった。しかし、原発事故が発生した福島は、事故ばかりがクローズアップされ、そのことに複雑な気持ちを抱く人も多い。そんな中、本来の福島の姿を台湾の人に見てもらいたいとする有志によって、福島を映した写真展と、南会津の伝統芸能を取り上げたドキュメンタリー映画の上映会が行なわれた。

発起人のリリー池田さんは福島出身。今年一月から台湾に滞在し、至る所で「ノーモア.フクシマ」と書かれた反核の旗を目にした。そのことで「福島イコール被災地、イコール汚染地。原発が有った所だよねと言うレッテルがついてしまった」と感じたと言う。また、台湾人の中には「福島は全域で人が住めなくなっている」と誤解している人もいた。しかし「今でも200万人以上の県民が頑張っている」、「福島の文化や、違った一面も台湾の人に紹介できたら」と思い立ち、友人、知人らに声をかけ、今回のイベントが実現する事となった。

11日に行なわれたイベントでは、いわき市の一般市民が撮影した、現在の日常風景の写真が展示されたほか、「2011年山形国際ドキュメンタリー映画祭」で、「コミュニティーシネマ賞」を受賞したドキュメンタリー映画「檜枝岐歌舞伎やるべぇや」が上映された。この檜枝岐歌舞伎は、人口630人の日本で最も人口が少ない村、福島県檜枝岐(ひのえまた)村に270年に渡って伝承されている伝統芸能で、国の重要有形民俗文化財に指定されている。この映画は伝統芸能伝承の一環として、地元の中学生が文化祭で檜枝岐歌舞伎を演じるまでの様子が描写されている。

「檜枝岐歌舞伎やるべぇや」の安孫子亘監督は「撮影に入ったのは2009年。震災とは全く関係無く、福島の自然そして文化を撮っていこうと撮影に入っていった」と話す。しかし安孫子監督は、この映画の重要性について、「震災によって、多くの人命や財産が失われたなかで、復興に向けて、その人達が立ち上がろうとしたの(きっかけ)が伝統文化」、「コミュニティーを支えているのが、一つの頼りが、村の祭りであったり、そう言った伝統行事なんです」と、被災地の復興に伝統文化が大きな役割を果たしている事を指摘する。今回の台湾での公開は無償で引き受けたと言い、映画を通して「かけがえのない故郷を知ってもらいたい」と語った。

映画上映の直前には、会場となったギャラリーURS155の中庭で、キャンドルが灯された。暖かな空間の中での映画上映会には、40人を越える観客が訪れ、立ち見が出る程の盛況振りとなった。インターネットでこのイベントを知ったと言う20代の女性は「今、福島と言えば、原発問題のイメージ。でも現地の人たちがどう向き合って、将来に向けてどのように取り組んでいるか知る事ができない。このドキュメンタリーを見て、伝統文化の継承活動を知ることができた」、「以前の福島を知ることができたし、これからの福島も、この様にあって欲しい」と感想を語った。また別の女性は、前日に淡水で行なわれた東日本大震災関連イベントも訪れたと言い「(被災地が)未来に向けて、どのように進んでいくべきか興味があった。実際に見てみて、とても感動した。復興できる事を信じている」と話してくれた。



安孫子監督は現在も福島に関係するドキュメンタリー映画を制作しており、今年の山形国際ドキュメンタリー映画祭に出品する予定だ。また、今回の訪台で、台湾の魅力も感じたと言い、台湾での上映にも前向きな姿勢を覗かせた。
台日明天將召開漁業會談第2次預備性會議
台日漁業會談第2次預備性會議將於3月13日在東京舉行,台灣將由駐日代表處業務組組長周學佑擔任團長。由於為了重啟自2009年中斷的台日漁業會談,台日雙方首先於去年11月30日在日本舉辦了第17次台日漁業會談首次預備性會議,但雙方未能就所有議題達成共識,所以決定持續協商。
外交部公眾外交協調會副執行長何震寰於3月12日的例行記者會上表示:台日雙方將於明天(3月13日)在東京召開第17次漁業會談第2次預備性會議,針對雙方共同關切的議題進一步磋商。而雙方會議代表層級將維持上次預備性會議的層級,台灣將由駐日代表處業務組組長周學佑擔任團長,包括外交部、行政院農業委員會漁業署、行政院海岸巡防署等相關單位,也都將派員出席,而日方則由日本交流協會總務部長小松道彥擔任團長,外務省、水產廳和海上保安廳等相關人員也將參與此預備性會議。




















































