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豊島事業者談話会が台湾をテーマにオープンセミナーを開催

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講演をする淺田定宗氏

豊島区事業者の勉強会、豊島事業者談話会が5月13日豊島区民広場で、オープンセミナーを行った。同会では毎月1回、セミナーを開催しており、今回が10回目。
当日のゲストはアセアン倶楽部、代表世話人淺田定宗氏で、『自信を取り戻そう~台湾に残る日本の心』をテーマにスピーチをした。淺田氏は横浜出身の1954年生まれ。法政大学卒業後、台湾に留学し台湾への造詣を深めた。台湾を愛するあまり、哈台族(台湾オタク)を自称している。
会場には小林興起衆議院議員、元衆議院議員の愛知和男氏や日本福禄寿会の林丕繼会長をはじめ30人以上が集まった。
講演内容は、台湾の位置、住んでいる民族や言語など基礎的な情報から始めて、日本統治時代の台湾について語られた。八田與一氏の烏山頭ダムのエピソードや霧社事件(1930年に起きた台湾原住民による最大級の抗日運動)などを映像などを使い、分かりやすく解説。また、当時の日本統治時代を知る台湾の女性が「日本が大好きです。外見は台湾人ですが、心は日本人だと思っています」と流暢な日本語でインタビューに答える映像が流れると、セミナー出席者全員が真剣に画像を見つめていた。
淺田氏は講演の中で「日本統治時代の台湾に、日本は莫大な資金を投じてインフラを整備しました。同時に教育、法律の整備も行いました。植民地として支配をしていましたが、台湾を発展させるため日本は尽力しました。そして、今日本で失われつつある日本の文化、心を台湾に残してきました」と語った。
会の途中、林丕繼氏が挨拶に立ち「台湾の現在の発展があるのは、日本のお蔭です。特に教育に力を入れてくれたことが大きな要因でした」と述べた。
講演会の終了後は、懇親会が行われ盛況の裡に終了した。

林丕繼氏

大阪佛光山舉辦文化祭慶祝母親節

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大阪佛光山監寺永倫法師

大阪佛光山於母親節5月13日舉辦文化祭。內容包括佛教文物展示及各種以素食製成的台日小吃園遊會,邀請鄰近居民、信眾、僑胞一同歡度母親節。大阪中華總會副會長何武雄伉儷、神戶華僑總會會長陸超、欣華會會長李忠儒伉儷等多位僑領蒞臨共襄盛舉。

 

國際佛光會大阪協會會長林裕恒

 

開幕儀式上,佛光山大阪協會會長林裕恒首先感謝大家光臨。希望此次文化祭能讓大家對佛教有進一步的認識,歡迎對佛教文物有興趣的民眾前往高雄佛光山佛陀紀念館參觀。最後祝福平日辛勞的媽媽們母親節快樂。

 

大阪辦事處僑務組係長蔡元良

大阪辦事處僑務組係長蔡元良代表處長黃諸侯出席向大家問好。蔡係長感謝大阪佛光山平日對大阪辦事處的協力及為僑界的付出,推崇大阪佛光山在日本震災後努力進行各項支援活動。

志工說明展示文物
園遊會會場

 

 

大殿上,佛光會志工熱心地為民眾解釋福田衣、袈裟、僧鞋、念珠、錫杖等各項常見佛教文物及其中涵意。庭院裡歌聲樂聲環繞,信眾與僑胞分散在庭院裡欣賞表演,輕鬆享用素粽、菜包、蘿蔔糕、炒米粉、素食日式章魚燒等各種美食。

 

監寺永倫法師表示,展出的佛教相關文物及飲食均為文化。秉持星雲大師理念,盼能在活動中結合文化教育的內涵,讓參加活動的民眾不但能夠歡喜,還能有所收獲、心靈感到充實。希望大家藉此機會相聚交流,僑胞及日本友人對佛教文物及素食文化都能有進一步的認識。

台湾休閒農業発展協会が東京見面会を開催

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懇親会でスピーチをする江明清観光協会東京事務所所長
 台湾休閒農業発展協会が5月14日京王プラザホテル(東京都新宿区)の最上階47階で、日本で初めての台湾休閒農場東京見面会を開催した。休閒農場とは、観光用の農場のことで、宿泊施設もあり、農業体験や動植物とのふれあいも体験できる。
台湾各地にある農場の中から、今回は台湾を代表する8つの農場の代表者ら約40人が来日した。台湾観光協会東京事務所も後援している。招待されたのは日本の旅行代理店やマスコミ関係者約100人。
今回紹介されたのは、大坑レジャーファーム、仙湖レジャーファーム、南元ガーデンレジャーファーム、龍雲レジャーファーム、飛牛牧場、頭城レジャーファーム、北関レジャーファーム、シャングリラレジャーファームの8つの農場。どの農場も特色がある農場で、各農場の美しい景観とホテル並みの宿泊施設の内部、施設で提供される料理などがスライドで紹介された。シンガポールから、毎年小学生の団体が教育体験のために訪れる農場もある。宿泊料金(食事なし)は1人、日本円で約6千円程度。
 各農場を紹介した台湾の旅行ガイドの出版社、社長横山透氏によれば「日本人が台湾の観光農場を訪れることは、今はほとんどありません。しかし、今回の面談会がきっかけとなって、多くの日本の人に台湾休閒農場の素晴らしさを知っていただき、訪れていただきたいと思っています」と語ってくれた。
各農場の紹介の後は、日本の旅行代理店の関係者と個別の商談会が行われた。テーブルが8つ用意され、それぞれのテーブルに通訳が1人配置。どのテーブルも活発に商談が行われていた。
その後、懇親会が行われた。会の冒頭、観光協会東京事務所の江明清所長があいさつに立ち、「日本のみなさんに台湾休閒農場の素晴らしさを伝えてください」とスピーチした。会では農場の無料宿泊券や記念品が当たる抽選会も行われ、終始和やかな雰囲気のまま閉会となった。

さようなら、日本 —— 大震災克服を確信

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さようなら、日本 —— 大震災克服を確信

台北駐日經濟文化代表處代表 馮寄台

 
 50数年前、外交官の父と一緒に東京に来た当時の私は、映画『Always 三丁目の夕日』の「鈴木オート」の息子、一平のような小学生だった。学校給食や白黒テレビ、建設中の東京タワーなど、いずれも私の少年時代の思い出と見事に重なる。その私が半世紀後に再び日本に戻ってくるとは夢にも思わなかった。
 
 4年前、台湾の馬英九総統は、私に駐日代表就任を要請した。しかし、私は外交官として日本との実務に携わったことはなく、長い間日本を離れており、固辞した。それでも、馬総統の熱意と要望は揺るがず、私は戦々兢々の気持ちで日本に着任したが、あっという間に3年半が経ち、まもなく台湾に帰ることになった。日本駐在を振り返ってみると逆に、私の30数年にわたる外交官の生涯で、最もすばらしい経験となった。
 
 中国語に「世の中に終わりのない宴はない」ということわざがある。まもなく、私は名残り惜しい気持ちで日本を離れるが、心より「ありがとう日本」、そして「お元気でさようなら!」と言いたい。
 
 在任中には、日本人の国民性を日常生活においても実感した。着任してまもなくの頃、ゴルフのプレー中に池に落ちてしまったボールを拾った日本人の友人が自分の物ではないとわかると、そのボールを池に戻した。私は世界各地でゴルフをしてきたが、こんな光景を見たのは初めてで、日本人の正直さに驚いた。
 
 亡父は長く日本で勤務したが、まさか息子が自分の後を継いで、日本で働くことになるとは思わなかっただろう。この一年あまりの間、私の娘も東京で日本語を一生懸命に学んでおり、我が馮家には三代にわたり日本と縁ができたようだ。
 
 昨年の東日本大震災は、私にとっても最大の衝撃だった。自然の猛威により、生活基盤が失われた中での日本人の思いやりと公徳心に深く感動した。両親を亡くした子どもたち、長年連れ添った相手を失ったご老人たち、離ればなれになった家族の悲しみを思うと、私は何度も涙があふれてきた。そんな時に「なでしこJAPAN」がワールドカップで優勝した。台湾人の私でさえも、テレビに映し出された勝利のシーンに、思わず胸が熱くなった。台湾の人々が、大震災発生直後から義援金集めなど被災者支援に乗り出したことに、私は台湾人として誇らしく思った。
 
 先月、赤坂御苑で開かれた「春の園遊会」に招かれ、天皇、皇后両陛下から「台湾ありがとう」とお言葉をかけていただいたことは、私の外交官人生における最高の栄誉だった。日本人は強くたくましい民族である。この大震災を必ずや乗り越えるものと固く信じている。
 
 台湾と日本はもともと特別な関係にあり、馬総統が両岸(台湾―中国大陸)の和解を推進してきた結果、台日の関係はさらに多くの進展を見た。台日投資協定や航空自由化協定の締結も実現し、今後ますます人的往来が緊密になるだろう。今年1月に再選を果たした馬総統のリーダーシップのもとで、今後も台日関係は引続き力強く前進していくものと確信している。
 

5月16日 読売新聞・朝刊

 

台灣藝術大學書畫藝術學系與來日舉辦作品聯展

 台灣新北市台灣藝術大學書畫藝術學系將於2012年6月19日(二)至24日(日)在日本神奈川縣橫濱市,與日本知名之千墨會聯合舉辦藝術聯展。
 台灣藝術大學書畫藝術學系成立至今已有50年歷史,致力培養優秀創作與研究人才,並且透過國際文化學術交流,營造世界觀、國際化的學習環境,培養大格局的創作胸懷。許多學生也先後負笈日本深造,學習日本藝術拓展視野。本次第17回千墨会水墨画展中特別展示國立台湾藝術大學學生們的藝術作品,讓在日本的朋友也能欣賞台灣藝術教育重鎮的作品。歡迎您蒞臨神奈川縣民會館欣賞台藝大書畫學系學生之作品,給予台灣藝術新血支持與鼓勵。
【會展時間】2012年6月19日(火)~6月24日(日)
      AM9:00~PM6:00(最終日至PM3:00結束)
【會展地點】神奈川県民ホールギャラリー(第2‧第5展示室)
      横浜市中区山下町3-1
【聯絡電話】千墨会主宰 藤崎千雲 様 045-721-5720

那覇分處處長粘信士「台灣現況與台沖關係」

「那霸南區扶輪社」會長友利敏子致詞

 「那霸南區扶輪社」(會長:友利敏子)於5月14日中午假那霸市太平洋飯店舉行例會,邀請台北駐日那覇分處粘信士處長。粘處長以「台灣現況與台沖關係」為此會發表專題演講。粘處長首先介紹那霸南區扶輪社與花蓮港之扶輪社,預定6月16日訪台進行締盟35週年交流。繼表示馬總統在兩岸政策上主張「不統、不獨、不武」三不政策,符合我國民意,亦使我國得以與中國大陸進行良好互動,發展經貿合作關係。馬總統將於5月20日舉行就職宣誓,繼續帶領我國朝「黃金十年」之方向前進,兩岸關係亦將持續改善,對東亞地區和平穩定帶來貢獻。

粘處長發表專題演講情形

 在台日關係方面,馬總統於2008年執政以來台日關係發展迅速;2009年促成我國於札幌設辦事處、政治大學等5所院校,開設日本研究中心及實施台日打工渡假簽證措施等;2010年簽署台日強化交流合作備忘錄,雙方設定15項加強交流領域;2011年日本國會通過海外藝術品保障法案後,我國故宮文物將於2014年6月首度來日在國立東京博物館展出;另2011年9月簽署台日投資保障協定、11月簽署開放天空協議後,加速台日新航線之開航等,目前台日關係可謂40年來最為良好之時期。
 在台沖關係方面,去年八重山三市町村首長聯袂訪台進行觀光交流,並配合在台舉辦夏川里美演唱會,獲得廣大的迴響;沖縄縣仲井真知事也於去年及本年曾兩度率團訪台,參加「台琉論壇」及為響應台日開放天空協議赴華招商,促成4月14日我國華信航空首航台中-那霸航線;3月那霸市議會成立跨黨派「琉台友好議員聯盟」,獲全體議員參與,深信未來台沖關係仍在良好基礎上持續發展。

台北駐日馮寄台代表「日本再見!」ー確信克服大震災ー

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台北駐日經濟文化代表處 馮寄台代表

「讀賣新聞」2012年5月16日
 50多年前,我隨同身為外交官的父親一起來到了東京,當時年齡恰與電影「永遠的三丁目的夕陽」中「鈴木汽車」的兒子「一平」相仿的小學生,學校的營養午餐、黑白電視、正在建造中的東京鐵塔等,皆是我年少時的回憶,我從未想過時隔半世紀後會再回到日本。
 四年前,馬英九總統擬任命我出任駐日代表時,我雖身為外交官,但從未接觸過日本業務,且長期離開日本因此幾度推辭。最後感於馬總統的誠意與對我的高度期盼,我以戰戰兢兢的心情來到了日本。轉眼間三年半過去了,我即將返回台灣。回顧派駐日本這段過程,反倒成了我三十多年外交官生涯中,最精彩的一段。
 中國有句名言,「天下沒有不散的筵席」,我雖將以萬般不捨的心情離開日本,但是衷心想說聲「謝謝日本」、「珍重再見」。
 在任期間,經常在日常生活中感受到日本的國民性。抵任初期,看到一起球敍的日本友人撿起打入水池中的高爾夫球,發現不是自己的球後,即把球丟回水池。我打遍世界各地的高爾夫球,從未見過此種現象,日本人的誠實,讓我驚訝。
 先父長年服務於日本,一定從未想過兒子會繼承衣缽來日本工作。最近一年多,我的女兒也在東京認真學習日語,我們馮家似乎已出現第三代與日本緣份。
 去年的東日本大震災,對我也是個巨大的衝擊,因大自然的猛威而喪失生活基礎的日本人,仍然相互關懷並且以公德為重,令我深深感動。看到父母雙亡的孩子們、失去老伴的老人家們,家人四散的寂寞與悲傷讓我多次熱淚盈眶。那時,正好日本女子足球代表隊獲得世界盃冠軍。即使是台灣人的我,看到電視播放的畫面,也不禁熱血沸騰。台灣的民眾在大地震發生後,立即對日本表達了深切的關注與支援,讓我以台灣人為榮。
 上個月正式受邀參加由日皇與皇后在「赤坂御苑」舉辦的「春季園遊會」時,天皇與皇后親自向我及內人說「謝謝台灣」,這是我外交官生涯中最高的榮譽。日本人是堅韌的民族,我堅信一定會勇敢的度過這次的震災。
 台灣與日本原本即有著特別的關係,馬總統推動兩岸和解的結果,台日關係出現了更多的進展,「台日投資協定」與「航空自由化協定」之簽署實現後,今後雙方的往來將更為緊密。相信在今年一月連任的馬總統領導下,台日關係必將持續穩固發展。

台北駐日經濟文化代表處代表 馮寄台

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さようなら、日本 —— 大震災克服を確信

 50数年前、外交官の父と一緒に東京に来た当時の私は、映画『Always 三丁目の夕日』の「鈴木オート」の息子、一平のような小学生だった。学校給食や白黒テレビ、建設中の東京タワーなど、いずれも私の少年時代の思い出と見事に重なる。その私が半世紀後に再び日本に戻ってくるとは夢にも思わなかった。
 
 4年前、台湾の馬英九総統は、私に駐日代表就任を要請した。しかし、私は外交官として日本との実務に携わったことはなく、長い間日本を離れており、固辞した。それでも、馬総統の熱意と要望は揺るがず、私は戦々兢々の気持ちで日本に着任したが、あっという間に3年半が経ち、まもなく台湾に帰ることになった。日本駐在を振り返ってみると逆に、私の30数年にわたる外交官の生涯で、最もすばらしい経験となった。
 
 中国語に「世の中に終わりのない宴はない」ということわざがある。まもなく、私は名残り惜しい気持ちで日本を離れるが、心より「ありがとう日本」、そして「お元気でさようなら!」と言いたい。
 
 在任中には、日本人の国民性を日常生活においても実感した。着任してまもなくの頃、ゴルフのプレー中に池に落ちてしまったボールを拾った日本人の友人が自分の物ではないとわかると、そのボールを池に戻した。私は世界各地でゴルフをしてきたが、こんな光景を見たのは初めてで、日本人の正直さに驚いた。
 
 亡父は長く日本で勤務したが、まさか息子が自分の後を継いで、日本で働くことになるとは思わなかっただろう。この一年あまりの間、私の娘も東京で日本語を一生懸命に学んでおり、我が馮家には三代にわたり日本と縁ができたようだ。
 
 昨年の東日本大震災は、私にとっても最大の衝撃だった。自然の猛威により、生活基盤が失われた中での日本人の思いやりと公徳心に深く感動した。両親を亡くした子どもたち、長年連れ添った相手を失ったご老人たち、離ればなれになった家族の悲しみを思うと、私は何度も涙があふれてきた。そんな時に「なでしこJAPAN」がワールドカップで優勝した。台湾人の私でさえも、テレビに映し出された勝利のシーンに、思わず胸が熱くなった。台湾の人々が、大震災発生直後から義援金集めなど被災者支援に乗り出したことに、私は台湾人として誇らしく思った。
 
 先月、赤坂御苑で開かれた「春の園遊会」に招かれ、天皇、皇后両陛下から「台湾ありがとう」とお言葉をかけていただいたことは、私の外交官人生における最高の栄誉だった。日本人は強くたくましい民族である。この大震災を必ずや乗り越えるものと固く信じている。
 
 台湾と日本はもともと特別な関係にあり、馬総統が両岸(台湾―中国大陸)の和解を推進してきた結果、台日の関係はさらに多くの進展を見た。台日投資協定や航空自由化協定の締結も実現し、今後ますます人的往来が緊密になるだろう。今年1月に再選を果たした馬総統のリーダーシップのもとで、今後も台日関係は引続き力強く前進していくものと確信している。

外国籍人材への就労ビザ、発給条件緩和へ —台湾

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 台湾で働く外国人労働者についての政策を議論するために行政院労工委員会(労工委)が開いた会合で、優秀な人材を台湾にとどめる策の一つとして就労ビザ発給条件の緩和を承認。台湾で教育を受けた外国籍のホワイトカラーの就労ビザ発給条件が、7月にも緩和される見通しとなった。それにより、台湾の大学を卒業した外国籍の人材は、就業経験がなくても就業できるようになる。
 
 労工委の職業訓練局によると、現行の就労ビザ発給条件では、2年間の就業経験が必要。月給の最低基準は4万7,971台湾元(約13万円)と定めているが、条件緩和によって、台湾の大学を卒業した外国人および華僑学生については、職業経験の条件を免除し、最低賃金を3万7619台湾ドル(約10万円)に引き下げる。新条件は今年6月の卒業生への適用に間に合うよう、7月の導入を目指す。
 

馬総統、国民支持率12位で日本の15位を上回る

 
米ギャラップ社は11日、アジアにおける政治指導者の支持率についての調査結果を発表した。それによると、台湾の馬英九総統の支持率は54%で12位、日本の野田佳彦首相は44%で15位という結果になった。
 
 調査は、アジアの21カ国・地域から15歳以上の人それぞれ約1000人を対象に昨年4月5日~12月4日にかけて実施されたもの。
 
 上位5位は上から順に、ラオスのチュンマリー・サイニャソーン国家主席(97%)、カンボジアのフン・セン首相(93%)、スリランカのマヒンダ・ラージャパクサ大統領(91%)、シンガポールのリー・シェンロン首相(84%)、フィリピンのベニグノ・アキノ3世大統領(80%)。