【投稿】京都大學の恩師と先輩からみた謝長廷大使

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優秀な京大OBであり台灣行政院長を經歷した謝長廷先生が台湾の駐日大使に任命されるとのニュースが京都に伝わった時、京大の親友たちは本当に大喜びしました。それで私は謝大使留学期間中(1973-1984)の京都大学の恩師と先輩に謝大使に対する思い出と感想を書いて頂くようにお願いしました。内容は下記の通りです。

 

Ⅰ:「謝長廷の恩師京都大學元副総長田中教授からのお手紙」

 

「謝長廷君の京大大学院留学時代(1973年-84年)のこと」

京都大学元副学長 京都大学名誉教授 田中成明氏

謝君に初めてあったのは、私がアメリカ在外研究を終えて帰国した直後の1973年秋であった。謝君は、その年の春から京都大学大学院法学研究科修士課程に入学し、私の先生である加藤新平教授の下で法哲学を専攻していた。加藤先生からは、台湾大学在学中に司法試験に合格し、まだ弁護士になったばかりの秀才だと紹介されたが、小柄な身体全体から闘志が溢れでるようなシャープな論調で大学院のスクーリングなどにおいて議論に加わっていたのが印象に残っている。修士論文は、ワイマール期に司法大臣も務め、ナチス期を経て第二次世界大戦後まで活躍した、ドイツの法哲学者グスタフ.ラートブルッフの価値相対主義思想を扱ったもの

であったが、早々に原稿を仕上げて眼を通してほしいと預かったが、文章も内容もほとんど完璧で、日本人の論文と比べて全く遜色のないレベルのものに仕上がっていて感服したことも記憶に残っている。

その当時から台湾独立運動の闘士であることは噂で聴いていたが、修士論文執筆の指導 旁々一緒に食事をした折りに、この問題にも少し立ち入って話し合った以外、二人の間で政治的な問題について話したことはほとんどなかった。博士課程に進んだ後、加藤教授が定年退官されたため、私が指導教授を引き継ぎ、しばらくはアカデミックな研究を続けていたが、次第に政治活動に力を注ぐようになり、台湾やアメリカと行ったり来たりする機会が増えるようになり、時折会うとニコニコと笑いながら政治活動に忙しいとは言うが、具体的な活動内容は全く話さず、こちらからも聴かなかった。1985年には博士課程を最終的に修了してしまった。

謝君が政治活動を本格的に始めた頃からは、台湾への帰国を妨害されたり、郵便物のやりとりも難しくなったりして、心配していたが、そのうち、台湾での華々しい活動を知るようになり、懐かしく思うとともに、持ち前のファイトで志を遂げられることを祈念している毎日である。

 

 

 

Ⅱ:謝長廷の先輩京都大學河上教授からのお手紙

「謝長廷氏との思い出」

京都大学大学院法学研究科名譽教授 河上倫逸氏

台湾の謝長廷氏とは京都大学大学院法学研究科の院生時代、法哲学の加藤新平教授のゼミで席を並べて学んだ仲である。若き謝さんはとても優秀で勤勉な院生であった。当時の加藤ゼミは、先生が要求される学問水準に達していないと判断されてしまった院生には、容赦なくゼミ出席が認められなくなるため、法学部の中でもかなり厳しいゼミとして有名であった。数々の学生が脱落していくなかで、最後まで残った者は謝さんを含めたほんの数人であった。また、謝さんは日本に留学されるまではドイツ語に接していなかったようだったが、加藤ゼミに出席する過程でみるみるうちにドイツ語を習得された。日本語をドイツ語に、ドイツ語を日本語に

と、二つの外国語を自在に操るその姿に一緒に学ぶ私も大いなる刺激を受けた。

その後、謝さんは台湾に戻られ、政界に身を置く多忙な人となった。しかしながら私が病に倒れたことを知った時には、来日中の多忙なスケジュールを掻い潜ってわざわざ拙宅に足を運んでくれた。何十年昔から何ら変わることのない、一本筋の通った信頼できる良き友である。

 

 

-結論-

2001年1月20日高雄市長在任中の謝長廷先生が訪日した際、謝市長は京大の先輩河上教授が中風で倒れて琵琶湖の別荘で療養されているということを知り、驚かれました。お互いに何十年も消息がなく、且つ日本訪問のスケジュールも詰まっていて、又、その時の京都は30年ぶりの大雪で交通は大渋滞、台湾人の歓迎宴会も深夜10時まで遅延しての開宴になりました。それでも謝先生は必ず先輩のお見舞いに行くという意向だったので、京大学友の私は大変感動しました。翌朝、4時頃まだ暗く、大雪の天気の下、隨行の部下たちには黙ってホテルから私の車で大雪の積もった琵琶湖湖岸道路を滑りながら運転して河上教授宅までお見舞いに行きました。身体が不自由な河上教授とご夫人は大変びっくりされて感動の涙を流して、謝市長と抱き合って再会を喜ばれました。その時、私は自然に流れ出る人間最高の誠の美しさを見ました。謝先生は義理人情がある素晴らしい政治家で台灣有史以來最高レベルの駐日大使です。長い間政治の泥まみれの厳しい環境下にいても依然泥にまみれていない謝先生の真実の一面を見ました。豐富な經驗と人脈を持つ謝大使の指導の下で運命共同体の日台関係はますます堅固になると確信しております。

 

台灣留日京都大學校友会
日本謝長廷之友会
医療法人 輝生医院 理事長
京都大学医学博士
大田一博〈王輝生〉敬具