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亞洲最大級時尚貿易展「rooms」 台灣文創工藝首度登場

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 堪稱亞洲最大級的時尚貿易展「rooms」,於2月18日至20日在東京國立代代木競技場第一體育館舉行,聚集來自世界各地約550個品牌展出,台灣則有來自台南的「夕遊出張所」、「好務」、「衛屋」和「木子到森」等文創品牌首度到日本參加「rooms」的「地場產」。

展場內特別設置台灣文創工藝展示空間,首度邀請台灣文創品牌到日本參展
展場內特別設置台灣文創工藝展示空間,首度邀請台灣文創品牌到日本參展

 第28回的「rooms」展示會上包括服裝、包包、鞋子、珠寶等商品的展示之外,也有特別介紹日本當地各縣市地區的產業商品或是工藝技術等的展示區,即是所謂的「地場產」,這次主辦單位首度邀請來自台灣超過10個文創品牌參展,主辦單位表示,去年在台北舉行的「roomslink」展示會上,介紹日本各縣市地區工藝品的「地場產」相當受到台灣民眾的歡迎,因此他們試想台灣的這些工藝或是其他縣市的文創商品應該也會在日本受到歡迎,因而和台灣的媒體「很有文化股份有限公司」及台南市政府合作,找來以台南為主的文創品牌到日本展出,另外也邀請對台灣茶文化相當有研究的「奉茶」老闆葉東泰,和台灣知名意象書畫家陳世憲到日本介紹台灣的茶文化和書畫。

熟知茶文化的「奉茶」老闆葉東泰在會場示範台灣泡茶的文化
熟知茶文化的「奉茶」老闆葉東泰在會場示範台灣泡茶的文化
意象書畫家陳世憲隨意在會場表演書法
意象書畫家陳世憲隨意在會場表演書法

 「很有文化股份有限公司」社長錢翠雯表示,這次參展的商品是以結合傳統文化、技藝和創意的新商品為主,包括有從廢棄的舊木造房中擷取的木材製成的湯匙餐具,或是用廢棄酒瓶、陶氣、花瓶等碎片「剪黏」而成的作品,抑或是用黃金葛提煉出來的手工香皂、台灣傳統的紙包茶葉和台灣阿里山特產的咖啡等等,錢翠雯也強調希望可以藉由這樣的展示會,讓台灣的職人工藝和日本年輕設計師有機會可以合作,將台灣的文化傳遞到世界,她也表示現場有許多來自世界各地的時尚買家相當驚艷台灣文創的商品在「rooms」做參展。

傳統的紙包茶和仙女紅茶,都是台灣傳統的茶品
傳統的紙包茶和仙女紅茶,都是台灣傳統的茶品
用木造屋廢棄木材製作而成的餐具
用木造屋廢棄木材製作而成的餐具

 參展的好漾集團負責人汪麗琴則表示,旗下的select shop有不少台灣設計師的商品,所以這次特別帶來展出,希望可以把台灣新生代的設計師作品帶到全世界各地。汪麗琴也提到日本在很多領域上作工非常專心和追求精益求精,而台灣的設計和創意則比較活潑,所以兩者如果可以融合在一起,一定可以做出非常好的東西。推廣台灣阿里山咖啡的伊藤篤臣表示,台灣阿里山咖啡產量少,一年僅有約400公斤的產量,可以說相當珍貴,他們選用以有機的方式栽種,以手工摘採的咖啡豆,製作出口味濃厚的台灣咖啡,伊藤篤臣說目前只有「Urban Resarch」大阪堀江店有進貨,這次等於是第一次將台灣阿里山咖啡帶到東京來,希望可以透過展示會讓更多人認識台灣產的咖啡。

 台南市政府觀光旅遊局旅遊服務科國際股股長陳政德則提到,台南市長賴清德稱今年是「文創元年」,所以希望可以扶植當地的文創藝術家到國外參展,提高他們在國際的知名度,也希望透過這樣將產業帶出來的方式,可以引起外國民眾到台灣觀光的興趣。

台灣阿里山產的咖啡,獨特的香味讓不少買家聞香駐足
台灣阿里山產的咖啡,濃厚的香味讓不少買家聞香駐足
日本客人對台灣設計的花神籤靈感到興趣
日本客人對台灣設計的花神籤靈感到興趣
夕遊出張所的鹽製品,五彩色調吸引買家注意
夕遊出張所的鹽製品,五彩色調吸引買家注意

日本書法家原田歷鄭 為藝術訪台150次

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日本書法篆刻家原田歷鄭自1984年起,爲師事台灣書法名家王壯為,30年間來台150次,他在台灣的友人於2月21日晚間在台北福華飯店爲他舉辦接風宴,包含前行政院政務委員、也是前藝大校長的黃光男等30多位的書法篆刻家和藝文界人士,皆出席此次宴會。交通部觀光局也在會中致贈獎杯,鼓勵他這項藝術交流的紀錄。

  出生於1940年、現年70多歲的原田歷鄭,是日本著名書道家,長期參與日本最著名的書道雜誌《墨雜誌》的編務工作,師事日本書道家阪井吳成長達25年。後來在阪井吳成過世後,於1984年欣賞到台灣書法家王壯為的作品,因而透過朋友引介,拜入王壯為門下,每年為了書法和篆刻到台灣數次,在2005年便超越100次,而今年2月21日更達到150次,再次獲得交通部觀光局頒獎鼓勵。

  原田歷鄭對台灣書法的熱愛,不只表現在多次來台藝術交流上,也以實際行動回饋給台灣。他曾於1990年將自己的一批作品捐給台藝大藝術博物館,其中一件大型書法作品《斷金》掛於演藝廳側舞台牆上,然而因建築物年久失修導致這件作品出現水漬、髒污、發霉和黃化的狀況。在2010年台藝大成立「文物維護研究中心」時,便由該中心的老師帶領6名學生進行7個月的修護工作,而這件作品的修復記錄,也作為教學模式,提供學生瞭解修復技術的機會。

日本書法家原田歷鄭為了藝術交流訪台150次
日本書法家原田歷鄭為了藝術交流訪台150次

 

東日本大震災から3年、謝謝台湾!~ 「日台若者交流大会」が台北で開催

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大会の集合写真。震災後の台湾への感謝を伝えるために沢山の若者が集まった
大会の集合写真。震災後の台湾への感謝を伝えるために沢山の若者が集まった

日台若者交流会(李登輝名誉会長、安西直紀代表)は2月22日、公益財団法人交流協会台北事務所文化ホールで「~東日本大震災から3年、謝謝台湾!~ 日台若者交流大会2014」(主催日台若者交流会、協力公益財団法人交流協会台北事務所、鴇田くに奨学基金ビヨンドXプロジェクト)を開催した。事実上の4回目の大会となった今大会の参加者は日台約80名。特に学生と起業家の参加者が目立った。

安西直紀氏のスピーチ
安西直紀氏のスピーチ

オープニングでは日台若者交流会安西直紀代表が挨拶を行った。安西代表は「2011年3月11日の東日本大震災から、間もなく3年が経とうとしています。我々は、あの時の台湾からの200億円を越える義援金のエピソードを忘れることが出来ません。それは、単に金銭の大小の問題ではなく、海を越えて国境を越えた人同士の心と心が繋がるような思いに触れることが出来たからです。我々は『超越国境』という言葉をスローガンにしています。日本と台湾は特別な関係があり、まさに日本と台湾こそ、『超越国境』であると感じています」と話した。

また、「本年、日台若者交流会を日台双方で社団法人化したいと考えています。我々は、日本と台湾の多くの方々の参加をお待ちしています。年齢は問いません。気持ちが若ければ日台若者交流会はどなたでも歓迎します」と一般社団法人化の呼びかけを行った。

左から、安西直紀氏、台湾高座会総会長李雪峰氏、亜東関係協会秘書長羅坤燦氏、公益財団法人交流協会台北事務所小松庸人氏、台湾日本人会総幹事山本幸男氏
左から、安西直紀氏、台湾高座会総会長李雪峰氏、亜東関係協会秘書長羅坤燦氏、公益財団法人交流協会台北事務所小松庸人氏、台湾日本人会総幹事山本幸男氏

この後、亜東関係協会秘書長の羅坤燦氏、公益財団法人交流協会台北事務所の総務室長兼経済室主任の小松庸人氏が震災後の日台のエピソードを交えながらスピーチを行い、台湾高座会総会長の李雪峰氏が乾杯の発声を行った。さらに、台湾日本人会及び台北市日本工商会事務局総幹事の山本幸男氏、株式会社フジテレビジョン国際部の吉川宏氏らがスピーチを行った。

大会では東日本大震災の被災地である宮城県山元町で行われている「黄色いハンカチプロジェクト」のブースが設営された。3月11日に合わせて山元町で掲げられる黄色いハンカチに台湾の人々も激励のメッセージを書き込んだ。

安西直紀氏は台湾訪問中に李登輝氏とも単独会見を行った
安西直紀氏は台湾訪問中に李登輝氏とも単独会見を行った

安西代表は今回の台湾訪問中に名誉会長の李登輝氏と会見を行った。また、次期台北市長選の有力候補者の柯文哲氏との会見も予定されている。

東京馬拉松千名台灣跑者參賽 國旗裝、三太子造型搶眼

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 2014東京馬拉松於2月23日早上9點10分左右,在東京都廳前起跑,來自世界各地的馬拉松好手和各國的市民跑者,約有3萬6000人參與這場盛會,起跑前主辦單位特別請到日本前首相,同時也是2020年東京奧運組織委員長森喜朗為跑者加油打氣。由於這次東京馬拉松是日本申奧成功後首度舉辦,日本媒體表示屆時東京奧運會上的馬拉松賽程,可能有部份會跟東京馬拉松的路程一樣,因此可以藉由參加東京馬拉松搶先體驗奧運選手屆時跑在東京都內的感覺。

2014東京馬拉松約有3萬6千名來自世界各地的跑者參加
2014東京馬拉松約有3萬6千名來自世界各地的跑者參加

 東京馬拉松於2013年加入世界馬拉松賽的行列,成為波士頓、倫敦、芝加哥和紐約、柏林之外的第6名成員,因此也讓東京馬拉松越來越受到馬拉松跑者的注意。由於參加東京馬拉松需要經過抽選,根據主辦單位公布今年包括全馬(42﹒195公里)和10公里的賽程中,共約有30萬2千多人參加抽選,其中僅約10分之1,3萬6千人有機會參加,儘管抽選倍率競爭激烈但還是吸引世界各地跑者參加,其中台灣則有超過1000位的跑者前來參與這項馬拉松盛事。

三太子造型人偶參加東京馬拉松,吸引眾人目光
三太子造型人偶參加東京馬拉松,吸引眾人目光
三太子背後插著國旗開跑時經過台前,讓台上和跑者打招呼的日本前首相森喜朗也忍不住注視了一下
三太子背後插著國旗開跑時經過台前,讓台上和跑者打招呼的日本前首相森喜朗(看台上左1)也忍不住注視了一下
來自台北的耕薪都市更新公司由董事長帶著全體員工到東京參加馬拉松賽事和舉行員工旅遊
來自台北的耕薪都市更新公司由董事長帶著全體員工到東京參加馬拉松賽事和舉行員工旅遊

 有旅行社率團130多位跑者前來參賽,台灣PTT南部愛跑聯盟團長曾士嘉也和4名愛跑民眾一起到日本參加東京馬拉松,另外也有公司或團體帶著員工前來員工旅遊,耕薪都市更新公司董事長黃張維便帶著全體員工參賽,員工全部身穿制服,跟著前方拿著國旗的人一起完成全長42﹒195公里的東京馬拉松。此外,同樣來自台北的郭浩雲則以3小時1分32秒跑完全程,這次不僅破了他的個人記錄,他也表示跑過30幾場馬拉松,這次最讓他感到感動,因為跑到30多公里時,腳起了水泡,所以導致他速度變慢,但沿路很多人對他喊「台灣加油」,讓他忍不住眼泛淚光,相當感動。

 另外,也有人身穿三太子的服裝,或是身穿原住民服裝、國旗裝等裝扮參賽,難得讓東京馬拉松沿線銀座、淺草雷門、東京鐵塔等景點,不時可見到國旗飄揚,間接提升台灣能見度。

穿著國旗裝和原住民莊跑者興奮地揮手起跑
穿著國旗裝和原住民裝的跑者興奮地揮手起跑
台灣跑者拿著國旗經過地鐵豐洲站前,距離終點的國際展示場已不遠
台灣跑者拿著國旗經過地鐵豐洲站前,距離終點的國際展示場已不遠
台灣業餘跑者郭浩雲以3小時1分32秒跑完全程,途中有不少人都替他加油打氣
台灣業餘跑者郭浩雲以3小時1分32秒跑完全程,途中有不少人都替他加油打氣
終點站附近的東京大馬拉松祭有日本各地和世界各國國家特設攤位推銷當地觀光和美食
終點站附近的東京大馬拉松祭有日本各地和世界各國國家特設攤位推銷當地觀光和美食
台灣觀光協會也在會場設攤推銷觀光
台灣觀光協會也在會場設攤推銷觀光

東京馬拉松暖身賽今登場 台灣跑者大喊加油

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 為明天即將登場的2014東京馬拉松暖身的「TOKYO MARATHON International Friendship Run」,今天早上在東京臨海副都心(有明/台場附近)開跑,全長僅5公里,有來自美國、德國、義大利、台灣等國的跑者,約1500人參加。

台灣跑者齊聚在舞台前大喊台灣加油
台灣跑者齊聚在舞台前大喊台灣加油

 這場International Friendship Run是主辦單位為促進參與東京馬拉松的各國跑者和日本民眾的友情交流,而特地舉辦的東京馬拉松友情交流計畫活動,主辦單位表示今年台灣就有146位民眾參與這項活動,因此也特別邀請駐日代表處人員到現場為台灣跑者加油打氣。

 今天稍早的開幕儀式上,駐日代表處教育組副組長林世英、秘書王鴻鳴與留學生代表,就特別帶著國旗到現場為大家加油,在台上和台灣跑者一同齊呼「台灣加油!台灣向前跑!台灣GOGOGO」,讓現場氣氛一下High到最高點。

駐日代表處教育組副組長林世英(右1)和秘書王鴻鳴及留學生代表,特別帶著國旗到會場替台灣跑者加油,也和其他國家跑者互相交流
駐日代表處教育組副組長林世英(右1)和秘書王鴻鳴及留學生代表,特別帶著國旗到會場替台灣跑者加油,也和其他國家跑者互相交流
台灣跑者把國旗裝穿上身,為了隔天的東京馬拉松,特別參加今天的活動進行暖身
台灣跑者把國旗裝穿上身,為了隔天的東京馬拉松,特別參加今天的活動進行暖身

 不少第一次參加東京馬拉松的台灣跑者,為了讓明天能跑出好成績,今天便先行參加這項活動進行暖身,身穿國旗裝的跑者一看到台灣國旗現身在會場,也都興奮地搶著合影,或是和其他國家者跑者交流,歡迎大家也到台灣一遊,行銷台灣觀光。

不少台灣跑者前來參加東京馬拉松賽,進行運動交流
不少台灣跑者前來參加東京馬拉松賽,進行運動交流
開幕儀式上請來琉球的太鼓表演團體為跑者加油
開幕儀式上請來琉球的太鼓表演團體為跑者加油
台灣跑者努力向前跑
台灣跑者努力向前跑
這場International Friendship Run,有許多跑者會特別裝扮,趣味十足
這場International Friendship Run,有許多跑者會特別裝扮,趣味十足

「高座日台の会」新年会が開催 

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「高座日台の会」(佐野た香会長)新年会が1月21日、都内で開催された。60人あまりが出席した。参加者全員の記念撮影の後、田中副会長が開会の挨拶。続いて衆議院議員義家ひろゆき氏、伊勢原市高山市長ほか、県会議員、市会議員、同窓会会長などに加え、駐日代表處政務部徐次長、台湾協会森田常務理事、東京台湾の会多井事務局長、明石会不破事務局長ほか多くの友誼団体が祝辞を述べた。

この後、野口毅名誉会長の挨拶と乾杯の音頭で懇親会となった。

会場は歌や余興で賑やかになり、往年の思い出話もはずんで、和やかな雰囲気に包まれた。中締めは全員で万歳を三唱し、再会を約束した。

佐野た香会長は新年会を振り返り、次のように述べた

「私たちはその当時、高座海軍工廠でともに勤務し、ひたすら『お国のために』と心を合わせて頑張った人たちと、その仲間同士の集まりです。そして、来日していた台湾少年工の人たちとの間に結ばれた絆を大切にして、もう70年あまりにもなりますが、これまで絶えることなく交流を重ねて参りました。それは今になっても何も変わるところはありません。私たち『高座日台の会』は、会員の親睦と台湾との親善を柱としております。そして、これからも仲良く、楽しく、また明るい会であるようにと心掛け、進めて行きたいと思っています」。

台湾プロ野球リーグでタイトル獲得の小林亮寛投手、中南米のリーグにトライ(1)

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小林投手(中央、背番号22)

台湾プロ野球リーグでゴールデングラブのタイトルを獲得、台湾を離れた後も現役投手としてプレーを続けている小林亮寛投手が、昨冬も海を渡り、ドミニカで開催された「ウインターリーグ」にトライ。昨年11月中旬から12月中旬までの約45日間、ドミニカの首都サントドミンゴに滞在した。

「温暖な気候の中で肉体のリセットをすることが目的でした。2012年、2013年と2年間、韓国でプレーしてきたのですが世界一厳しい練習に加えシーズンでフル回転したこともあり慢性的な疲労で身体が硬くなりスピードが落ちて来ていたので動きながら身体を緩めることと、アジアには少ない硬く傾斜の強いマウンドでの投球をしたかったからです」

ドミニカは気温19度〜31度と年間を通して温暖で過ごしやすい気候にある。また小林投手は昨シーズン韓国・高陽ワンダーズで全48試合中29試合49イニングに抑えとして登板、フル回転したシーズンの疲れを「動きながら緩める」ということが目的にあった。日本、台湾、韓国、さらにはメキシコ、カナダ等、様々な国のリーグでプレーした小林投手だが、ドミニカでは新たな発見があったと言う。「選手がそれぞれ個性的なのでアジアの野球に比べて『野球の幅が広い』と言う印象です。野球は各国で違いますがメジャーリーグの各球団にとっては選手の発掘だったり調査している選手の新鮮な情報を集めるショーケースとしての役割に注目が集まります。パワーやスピードに加え、細かいコントロールや走塁、連携プレーなども素晴らしい選手が沢山プレーしていました。また、ドミニカ共和国の場合はメジャーリーガーでも球団と折り合いがつかず自由契約となった選手達も沢山います。ウインターリーグのチームは登録選手が毎日入れ替わり補欠の選手も50人以上いるそうなので、試合に出ることすらままなりません。なのでプレーしている選手達は必死です」

小林投手にとって、ドミニカでの収穫は非常に大きかったと言う。「中南米の殆どの選手は一年中プレーしながら生きています。走り込みや投げ込みといった作業がなくても野球選手としてのポテンシャルは非常に高いのです。走り込みや投げ込みはしませんが計算されたトレーニングなど弛まぬ努力をしています。自分がこれまでやって来たことが本当に正しかったのだろうか?と問題提起してくれました」

台湾で大活躍し、台湾の野球ファンにとって「印象深い」存在となっている小林投手だが、現在も国境の枠を越え、力強く「野球」にこだわり続けている。

公募 東京書作展「選抜作家展2014」に周東寛さんが出品

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選抜作家展
選抜作家展
周東寛さんz
周東寛さん

東京新聞主催の公募「東京書作展」の出品者のなかから、会友・一般以上、無鑑査、依嘱、審査会員、常任運営委員が出品する「選抜作家展’2014」が東京都台東区の東京都美術館で2月15日から2月21日まで開かれている。

会場の様子
会場の様子

 

真ん中の作品が周東寛さんの作品
真ん中の作品が周東寛さんの作品

会友・一般部門にドクター周東こと、南越谷健身会クリニックの周東寛さんが出品した。作品は「養醫心磨醫技」だった。

大阪中華学校羅辰雄理事長インタビュー

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大阪中華学校羅辰雄理事長
大阪中華学校羅辰雄理事長

戦後立ち上げた会社、豚まんの“蓬莱”の二代目社長にして、昨年、大阪中華学校理事長に就任し、飛躍に向けて尽力する羅辰雄理事長に現在の思いを聞いた。

Q台湾との関わりは。

A父が台湾の嘉義の出身です。9人兄弟の8番目で、日本で商売をしたいと昭和16年に船で岡山港に上陸しました。初めて食べたのが桃で、それがわすられない味となり、以来、台湾土産は岡山の桃でした(笑)。父は神戸の華僑居住地から工場に勤めに出ていましたが、終戦と同時に大阪に居を移し、仲間と組んで、あらかじめ考えていた“蓬莱”という名の飲食店を始めました。当時は食べ物がなく、食材が入れば何でもよく売れたと言います。昭和21年に知り合いの提案もあり始めたのが豚まんです。これが大阪のお客さんにすごく受けました。私が生れたのは翌昭和22年のことです。

Q蓬莱の社長になったが。

A蓬莱は、当初、料理担当、財務担当、マネジメント担当(羅家)と3人の共同経営という形で始まりました。昭和37年の暮れに店が火事になったのを機に、会社は3つに分かれました。うちが株式会社蓬莱(現在551蓬莱)、他は蓬莱本館、蓬莱別館(現在ビル事業に転換)です。今でも後継者同士情報交換を行っています。東京の大学に進学することについて父は反対でしたが、春、夏、冬休みに会社の様々なセクションでアルバイトしながら勉強することを条件に許してもらいました。卒業後、すぐに副社長として会社に入りました。父とは衝突ばかりしていましたね。社長になったのは39歳の時ですが、名前だけ。社員が私を見ていません。皆、父のほうに行く(笑)。辛かったのは社員の信頼をもらえなかったことです。

Q世代交代については。

A私に限らず二代目社長は皆同じでしょう。時代背景が違うから親を追い越そうとすると大変ですし、できません。それである時、父を越さないといかんという発想はしんどいだけ。父が敷いたレールを間違いなしに走るのが一番と思い至りました。現在、67歳。息子は今35歳で副社長として頑張ってくれています。老害にならないようにサポートする形は何か、いつ、どういうタイミングでバトンを渡すのがいいか、考えています。

Q大阪中華学校の理事長に就任したが。

A私は父の方針で中華学校に行きませんでしたから、最初、大阪中華総会の洪勝信会長から理事長就任を進められても断っていました。ですが、「大阪中華学校は、自分たちの次の世代が日本と友好的な関係を作っていくための大事な教育機関でもあるし、自分は卒業生じゃないとかそういう発想をしないで考えなおして欲しい」と説得されて、自分なりに父の残した資料を読んだりして勉強していくうちに、大阪中華学校がここまでこれたのも大勢の台湾人の応援の賜物であることが分かってきました。それで校長先生や先生方のお話も聞いて「学校のことはよく分かりませんが、一緒に頑張っていきたい」と昨年春に理事長をお受けした次第です。

Q課題はあるか。

A幼稚園から中学校3年生まで280人を超える生徒さんがいます。うち、2割は純粋な日本人です。9年間に中国語、英語が勉強できることが魅力のようです。ですから大阪中華学校は、台湾人のためといった意味合いだけではないですし、優秀な生徒が小学6年で中高一貫校行ってしまう現実もあります。進学率を上げることも必要でしょう。また、土曜日も補講をやっていただいている先生たちのこともちゃんと考えていかないといけません。今は時間があれば週に1回は学校に顔を出しています。ちょっと気になっているのが校庭が狭いことでしょうか。休み時間に思い切って体を動かせるようにしてあげたいですね。

●プロフィール

羅辰雄(らたつお) 昭和22年大阪生まれ。昭和46年、大学卒業と同時に父親が経営する株式会社蓬莱に副社長として入る。昭和61年、39歳の時に社長に就任。平成25年大阪中華学校理事長就任。

日台商工交流会廣川啓智会長インタビュー

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日台商工交流会廣川啓智会長
日台商工交流会廣川啓智会長

台湾の貧困層に向けて毛布や紙オムツなどの支援を続ける日台商工交流会廣川啓智会長にこれまでの軌跡を聞いた。

Qデザインで成功したが。

A私は台湾芸術大学を卒業後、昭和48年、日本の大阪芸術大学に留学し、学生時代はグラフィックデザインやパッケージデザインを勉強しました。卒業後、起業し、最初はロゴやCI、包装紙、袋などのデザインを手がけましたが、仕事が限られていましたのでインテリア関係に手を伸ばして勉強しました。飛躍のきっかけは、石油ショックの後、三越が香港に進出した際、現地の壁紙サイズが日本のサイズと異なることが分かったものの、日本と中国のデザイナー同士の言葉の壁からコミュニケーションが取りずらく、タイル、壁紙、カーペットなどの資材の調達を二カ国語を話せた私に一任されたことです。これがヒントになりデザイン会社としての事業が展望できるようになりました。

Q主なビジネスの内容は。

A例えば、台北に事務所(ユニオンアートジャパン)を構えて、総合デパートの仕事を受注したり、北京の大手デパートの内装を一括受注し、JCD(社団法人日本商環境設計家協会)のデザイナー50人のチームで対応したり、現在は、厦門と上海に会社(工場)を作ってそこからハイクォリティのセラミックタイルを毎日コンテナ1本ペースで輸入しています。毎日コンテナ一本ペースで輸入し、大手ハウスメーカーに販売しております。

Q華僑団体との関わりは。

A15年前、日本関西台商協会を設立し副会長を引き受け、2年後、会長に就任し、東大阪、尼崎、八尾、堺市に出かけて台湾企業に交流を働きかけました。印象深いのは1999年の921地震です。会長の時でテレビで被害の様子を見て涙が止まらず、何とかしないとと考え、阪神淡路大震災時の時に作ったプレハブ住宅の残りをJCDの協力を得て台湾に贈りました。また、取引がある毛布の産地、泉大津市の日本人の業者の皆さんの協力で日本製毛布を贈りました。工場での袋詰め作業を見て、本当に助け合えるのは素晴らしいと思いました。

Q台湾の交通遺児や貧困家庭に援助をしているが。

A阪神淡路大震災時に知り合った台湾・立法委員に頼まれて、2007年、世界台商会聯合総会会長だった時に、ベトナムや南アフリカからの要望に応じて個人として日本製毛布を台湾の警察関連協会を通じて、判明した交通遺児や貧困家庭に対して寄付を始めました。ただ、私が役を降りて以降、中止となってしまったので困ったなと。それでここ数年、日台商工交流会を立ち上げて、台湾の賴士葆立法委員の紹介による財団法人草根影響力文教基金会からの寄付の要望に応える形で日本製毛布を寄贈しています。このことは台湾政府からも認められています。売名行為と見られるのは嫌ですが、今回、台湾新聞で紹介されることで日本の華僑団体の方々の協力をいただけたらと思っています。

ユニオン谷町ビル
ユニオン谷町ビル(デザインセンター予定)

Q課題は。

A日本に来て40年、台湾と日本の架け橋として何をしていくか。やはり、日本でデザイン関係の業種で成功している人は少ないですから、今までの経験を若い人に伝えたいと思います。これは僕しかできないことです。また、関西のデザイナーを集約することで情報発信源になり、台湾、中国、東南アジアへの輸出に際してはお手伝いをさせていただければ嬉しいですね。最後に、昨年、新たに自社ビルを買いまして、2014年5月に大阪市中央区の谷町4丁目に新しくデザインセンターを設立します。この一角を提供したいと思います。会議などで華僑団体の方々に使ってもらえれば。もちろん、無償です。

●廣川(黄)啓智氏プロフィール

台北市生まれ。40年前大阪芸術大学に留学。卒業後、日本で起業。その後、事業に成功し、現在、日台商工交流会会長、日本聯合設計株式会社社長、僑務委員会僑務顧問などを歴任。1999年、台湾中部大地震では、日本関西台商協会会長だった同氏は毛布や援助物資、募金を呼び掛け、また、阪神淡路大震災(1995年)で余った仮設住宅を台湾に寄贈した。2007年、世界台商会会長だった同氏はベトナムと南アフリカからの要望に応じて個人として日本製毛布を寄贈。その後、台湾の交通遺児や貧困家庭に対しても日本製毛布を寄贈している。