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ジェトロが大阪で海外バイヤーをゲストにパネル・ディスカッション

ジェトロ大阪本部は、中国大陸・台湾・香港のバイヤーをパネリストに迎え、海外市場で消費者ニーズを掴むための方法を考えるパネル・ディスカッションを2月7日、開催する。海外バイヤーの求めるもの、日本企業のイメージなど様々な疑問について、率直な意見を聞く機会を提供するもの。なお、本パネル・ディスカッションは、「ジェトロ・アジアキャラバン事業」の一環として実施される。

日時

2014年2月7日 10時~12時

会場

ヒルトン大阪

参加予定バイヤー(9名)

北京京彩工貿有限責任公司 総経理 張勇 氏(北京・小売)

東方風行(上海)生活多媒体有限会社 産品経理 朱琳 氏(北京・小売(WEB))

茗顺(上海)国际贸易有限公司 総経理 姚颖 氏(上海・小売(テレビ通販))

浙江省江南投資管理有限公司 総経理 胡偉民 氏(上海・卸売・小売)

武漢家世界貿易有限公司 経理 張勤 氏(武漢・小売)

広州市方所文化発展有限公司 経理 余徳麗 氏(広州・小売)

Zacca freeq 副会長 大曽根 修 氏(香港・卸売・小売)

育冠企業股份有限公司(生活工場) 商品部/経理 倪佩琴 氏(台湾・小売)

VVG オーナー 汪麗琴氏(台湾・小売)

主催

日本貿易振興機構(ジェトロ)大阪本部

後援

日本政策金融公庫、商工組合中央金庫、池田泉州銀行、近畿大阪銀行

受講料

無料

定員

70名(先着順)

対象

安心安全・高品質、機能性やデザイン性が高い「日用品・生活雑貨」、「インテリア雑貨」、「美容・健康用品」などを生産・企画・販売している日本の中小企業、及び中国大陸、台湾、香港での販路開拓・拡大を目指している方。

台湾桃園航空城産業誘致セミナー、東京で開催

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左:呉志揚・桃園県長(知事)中央:沈斯淳・台北駐日経済文化代表処代表
左:呉志揚・桃園県長(知事)中央:沈斯淳・台北駐日経済文化代表処代表

台湾の桃園県政府は、経団連会館(大手町)で1月21日、「台湾桃園航空城産業誘致セミナー」を開催した。目的は「桃園航空城(桃園アエトロポリス)」への日本企業の誘致。

出席者は、桃園県の呉志揚知事、李維峰・桃園県顧問桃園航空城推進委員会執行秘書、台北駐日経済文化代表処沈斯淳代表ほかだった。

最初に呉知事は、「桃園航空城」は桃園国際空港を中心とした過去に例をみない都市計画であり、日本企業にとって大きなビジネスチャンスだとして、投資を呼びかけた。

沈斯淳・駐日代表は、「台日間は毎週400便近い定期便が飛んでおり、昨年は台湾から日本への旅行者数が約220万人となったほか、逆に日本から台湾への旅行者数は約140万人だった」と述べ、緊密な台日関係を強調した。また、2011年の「台日投資協議」締結以降、台日間の投資が増え、中国や東南アジア市場の開拓も進展しているとし、「桃園航空城」への日本企業の参加に期待を示した。

DSCF0155z会場の様子
会場の様子

続いて、桃園航空城推進委員会の李維峰・執行秘書が、「桃園航空城」計画の概要などを紹介した。桃園県には、すでに372社の日本企業が進出しており、今回誘致するのは「工業」ではなく、あくまでも「産業」であると強調した。

呉県長は具体例として、アウトレットモールなどの商業施設、文化クリエイティブ産業、先端産業の研究開発センター、国際物流センター、国際医療センター、国際会議・展示場などを挙げ、日本企業の活躍を確信していた。

日本政府 今年も3・11追悼式で「台湾」指名献花を決定

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日本政府は、3月11日の東日本大震災3周年追悼式で、昨年に続き、指名献花の対象に台湾の代表を加えることが分かった。

官邸ホームページは、1月21日の閣議で「東日本大震災3周年追悼式を政府主催により3月11日、国立劇場において天皇皇后両陛下の御臨席の下、各界代表の参列を得て実施すること」を決定、また、同日付で内閣府大臣官房に東日本大震災三周年追悼式準備室を設置することになった、と伝えた。

昨年は台湾の指名献花決定に際し、中国側は追悼式を欠席することで抗議の意を表明している。今回も中国側の反発が予想される。

民主党政権下では、一昨年の追悼式で指名献花の対象から外されていた。

JFW INTERNATIONAL FASHION FAIR (JFW - IFF )に台湾企業2社が出展

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入口の案内
入口の案内
メイン会場
メイン会場

株式会社繊研新聞社が主催する「JFW INTERNATIONAL FASHION FAIR (JFW- IFF )」が、1月22日~24日に、東京ビッグサイト(西展示棟)で開催された。今年で15年目を迎える。JFW-IFFはファッション業界の国内最大のトレードショー。出展社数は約670社、来場者数2万3000人(業界関係者)となっている。この展示会に台湾企業が2社出展した。台湾製品を日本国内で見られる数少ないチャンスとなった。出展企業は2社だった。

 

湯憲人さん
湯憲人さん

B.B.SHOES CO.,LTD.(本社:台北)は、レディスの靴メーカー。イギリスとイタリアのデザイナーと契約し、カンボジアと中国に工場を持ち、販売先のメインはヨーロッパ。台湾での販売はない。「日本は今回が2回目の参加です。前回は商社や小売の皆さんから引き合いがあり、3社と取引があります。今回は、前回以上、5社を目標にしています。カンボジア生産のレザー靴は40ドル、中国生産のエナメル靴は15ドル~20ドル程度です。品質が良く、価格が安いのが強みです」(湯憲人さん)

蔡佑婉さん(左)趙哲鶴氏(右)
蔡佑婉さん(左)趙哲鶴氏(右)

また、HUMMING BIRD(本社:台中)は、ソックスメーカー。やはりアメリカ、カナダなど欧米で販売を行っている。今回が日本初参加。「様々なデザインで人気です。商社や貿易会社に来ていただきたいと思います」(蔡佑婉さん)

橫濱台灣同鄉會歡迎駐橫濱辦事處處長粘信士到任

 橫濱台灣同鄉會於日前舉辦新年會,並於餐宴前特別舉行恭賀駐橫濱辦事處處長粘信士去年年底上任履新,由橫濱華僑總會會長施梨鵬代表獻花。

橫濱華僑總會會長施梨鵬(右)贈花歡迎駐橫濱處長粘信士上任履新
橫濱華僑總會會長施梨鵬(右)贈花歡迎駐橫濱處長粘信士上任履新

 當天包括橫濱市前副市長清水利光、台灣貿易中心東京事務所所長陳英顯等人出席外,橫濱企業經營支援財團理事長屋代昭治更率領今年到橫濱研習的外貿協會國際企業人才培訓中心25名學員與會。

台灣貿易中心東京事務所所長陳英顯(左)頒贈感謝狀給橫濱台灣同鄉會會長鄭尊仁
台灣貿易中心東京事務所所長陳英顯(左)頒贈感謝狀給橫濱台灣同鄉會會長鄭尊仁

 橫濱台灣同鄉會會長鄭尊仁表示,趁此機會和年輕學員相互交流,可謂意義非凡。駐橫濱辦事處處長粘信士則提到今年為台日打拼經濟的關鍵年,希望學員在日本企業研修期間,可以充實本職學能和提升語文能力,成為台灣外交經貿尖兵。隨後台灣貿易中心東京事務所所長陳英顯和橫濱企業經營支援財團理事長屋代昭治皆致詞表示,研習制度至今已有9年的歷史,感謝日本企業提供學習環境讓學員有機會親身體驗日本工作環境,希望各界可以協助共同培育更多具國際視野和競爭力的人才。

桃縣縣長吳志揚率團訪日行銷桃園航空城 盼吸日商投資

 為行銷桃園航空城並強化日本地區廠商對桃園產業和投資環境的了解,桃園縣縣長吳志揚率領該縣政府工商發展局、城鄉發展局和交通局、工務局等相關局處首長到日本進行「桃園航空城招商說明會」,1月21日的說明會上吸引包括三菱電機、三井不動產、伊藤忠商事等百餘家日本知名商社出席,會中並安排該縣顧問李維峰就「桃園航空城計畫」做詳細的解說。

駐日代表沈斯淳表示去年日商到台投資案件即達565件,顯示雙方經貿關係密切
駐日代表沈斯淳表示去年日商到台投資案件即達565件,顯示雙方經貿關係密切

 當天包括駐日代表沈斯淳、東京台灣貿易中心主任陳英顯等人亦應邀出席,沈斯淳表示台日距離相近,每周兩地間有400個航班往返,且在台日簽署投資協議後,去年1月至11月間日本到台灣投資案件就有565件,顯示台日經貿關係的密切。桃園縣長吳志揚則表示桃園縣將於今年12月25日升格為直轄市,未來可用的資源也會增多,且堪稱台灣史上最大都市開發案的「桃園航空城」,在機場周邊即劃設約500至600公頃大小的產業專用區,再加上中央政府推動的自由經濟是範區政策和國際醫療中心及智慧運籌中心即將落腳航空城等,都是未來外商投資、產業進駐的新契機。

桃園縣長吳志揚率團到日本招商,希望能吸引低汙染、低耗能、低用水和高附加價值的產業進駐桃園航空城
桃園縣長吳志揚率團到日本招商,希望能吸引低汙染、低耗能、低用水和高附加價值的產業進駐桃園航空城
桃園縣顧問李維峰在招商會上解說桃園航空城的魅力
桃園縣顧問李維峰在招商會上解說桃園航空城的魅力

 吳志揚也針對產業專用區向媒體解說,未來招商的標準將以低用水、低耗能、低汙染和高附加價值等「3低1高」的產業為主,例如文創產業、雲端科技、會議展覽等。他也提到目前在桃園縣境內即有約372家日資企業進駐,未來也可能在捷運的22站中選擇日資企業較集中的站區,設置日語相關機構或是打造日本區。桃園縣政府評估,未來桃園航空城產業發展規劃投資建設總額將高達5000億新台幣,預計增加30萬個工作機會,並帶來超過2兆3000億新台幣的經濟效益。

招商會上吸引近百餘家日商企業到場與會
招商會上吸引近百餘家日商企業到場與會

 說明會上,羽田機場國際貨物負責人也提出現階段在物流上的問題,由於從羽田到松山間的利用比率僅約10%,多數仍由桃園機場轉送,因此為促使羽田機場到台灣的物流發展,未來在桃園航空城的計畫中有何看法,對此桃園縣顧問李維峰表示未來2年在貨流上將有可能實現羽田桃園對飛的目標,屆時可能可解決這個問題,至於客運方面,則要視市場機制和政府政策,並沒有一定的時程,另外縣長吳志揚也補充可將這樣的意見提到交通部,由相關部會去研究,或許可聯合其他縣市港口機場,以港空聯運的方式來操作。

 此次桃園縣招商團行程也計畫拜會三菱商事、森大廈和已在台灣投資的三菱重工、大和房屋等知名企業進行拜會,聽取日商分享城市產業發展經驗和對桃園航空城的建議,及試乘電動公車(EV-bus)和百合海鷗線,和拜會川崎市政府,進而促進地方政府交流。

台北駐日経済文化代表処横浜分処 粘信士処長 インタビュー

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z4-1 B DSC01418台北駐日経済文化代表処横浜分処 粘信士処長
台北駐日経済文化代表処横浜分処 粘信士処長

 大阪を皮切りに福岡、大阪、那覇、そして横浜において日台関係の諸問題と向き合ってきた粘信士処長に、これまでの足跡と現況を聞いた。

Q日本への興味はいつから。

A高校時代から日本に対して憧れがあり、あえて言えばジャパンマニアの先駆者です(笑)。日本語は独学で勉強しました。大学では正式な講義を受けましたが足りず、当時、参加していた救国団のボランティア活動で勉強した部分が大きい。日本青年会議所の招きで中華民国青年会議所の代表のひとりとして、北九州でホームスティをしたり、青年の船(横浜・香港・高雄)に乗った経験もあります。

Q大阪は初任地(1990年)、2000年の大阪勤務では部長に就任したが。

A初勤務時は30歳未満です。青春時代を大阪で過ごしました。ゼロからのスタートで査証業務、渉外、僑務と様々勉強しましたが、最初の勤務では大阪中華学校の財政問題、2回目の時は大阪中華学校の講堂建設問題が印象深い。華僑界の熱心なリーダーの尽力で解決しました。忘れられないのは2001年から始めた大阪中華学校での春節祭です。最初は2000人ぐらい、今は6000人が来場するようになっています。

Q福岡勤務は。

Aいろいろ勉強しました。学生オリンピック大会、アジア映画祭、アジア子ども会議など福岡は国際的活動が多い。当時は両岸関係がまだ緩和されていませんから対応が難しかった。ですが、福岡勤務は温泉視察など楽しい思い出も多いですね。九州は台湾への修学旅行の数が多いのも特徴です。

Q沖縄勤務は。

A処長ということでプレッシャーもありました。任期中は激動の2年でしたね。尖閣国有化問題や漁業協定調印もありましたから。この間、新規事業も立ち上げました。交流のプラットフォームとして、那覇市、宮古島市、豊見城市、宜野湾市に友好議員連盟を作り、親善交流団体(八重山台湾親善交流協会ほか)やOB団体をそれぞれ2団体、計8団体作りました。また、沖縄と台湾の漁業者同士の交流、意思疎通は大事です。新任挨拶で沖縄県漁業協同組合連合会を訪問したり、日台の漁業者の意見交換会も開催しました。地元の役割はあります。

Q横浜の処長に就任したが。

Aびっくりしましたが、喜んでいます。横浜開港以来、150年の伝統がある横浜中華街やこの伝統を守っておられる華僑社会や地域の皆さんの情熱に感心しています。横浜華僑総会、横浜中華学院、横浜分処が二人三脚で協力体制を敷いて頑張りたいと思います。

Q横浜では様々な日台交流活動が行われているが。

A昨年11月のラリーニッポン(発起人:横浜市議会議員連盟)は大盛況でした。端午の節句のドラゴンレースではパートナーシテイ提携を結んでいる台北からチームを呼ぶ予定ですし、今年1月末に台中で神奈川県物産展をやります。江ノ電と台湾平溪線との観光連盟協定(使用済み切符の相互無料利用)も好評です。

Q静岡県も管轄だが。

A昨年4月に台北に静岡県が台湾事務所を開設しました。静岡空港台湾便の定期便(週4便)も好調です。また、静岡県は台湾の6市県(台北市、新北市、基隆市、台南市、桃園県、嘉義県)と防災覚書に調印しました。今年の2月に本協定が調印します。こうした防災分野の情報交換や相互支援交流は他の都市に広がりを見せるのではと思っています。

●プロフィール

1961年11月2日生まれ。中国文化大学東語系卒業後、早稲田大学政研所修士卒。1985年外務省入省。1990年駐大阪弁事処課長、1995年駐福岡弁事処課長、1998年外務省亜州局日本課長、2000年駐大阪弁事処部長、2006年外務省報道局審議官、2007年外務省大臣官房審議官、2009年外務省日本事務担当局副局長、2011年那覇弁事処処長、2013年現職。

「謝謝台湾計画」の木坂麻衣子さんに聞く「台湾」との出会い

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木坂麻衣子さん
木坂麻衣子さん

2011年3月11日に発生した東日本大震災への台湾からの支援に対し、感謝広告を企画。“ひとり総合広告代理店”として奮闘したデザイナー木坂麻衣子さんに顛末を聞いた。

Q台湾とのつながりは。

A当時、生活の中に台湾の要素はゼロでした。最初のきっかけは、2011年4月11日、日本政府は東日本大震災への支援を感謝するメッセージ広告をアメリカ、イギリス、フランス、中国、韓国、ロシアの6カ国7紙に掲載しましたが、義援金が最も多かった台湾を外したこと。ネット上で話題となり、調べると本当のようだと。これは気分悪いだろうな、だったら「意見広告は出せないの」と一言ツイッターでつぶやいたところ、大きな反響がありました。

Q意見広告実現のポイントは。

Aもともと広告会社にいたので、媒体を買って内容を載せて誘導することは個人でもそれほど大変なことではないと。ただ、台湾のメジャー新聞もその広告料金も分かりませんでした。日本の値段なら無理かなと。調べてみると「聯合報」「自由時報」など4大新聞があることが分かり、ここで止めるのもなんだなと思い、友人に連絡して台湾の新聞社につながる人間を探してもらったところ、翌日、「聯合報」の担当者が半ページ100万円でいいよと言っていると連絡を受けました。つまり、1000人なら一人1000円、2000人集まれば一人500円…少し見えて来た。

Qネット上で大きな話題になったが。

A私のツィッターのフォロワーで友人でもある2チャンネルの管理人ひろゆき氏が、たまたまこの件を目にしていて、彼に「台湾への感謝広告を出したい」と伝えると、リツィート(賛同を表明)してくれた上、足りない分は出しますよと言ってくれました。この影響で反応やフォロワー数が爆発的に増えました。この時からここで止めたら恰好悪いなと。

Q感謝広告掲載を支援する寄付金の募集について

Aネットでお金を集めるというと詐欺呼ばわりされました。フリーのデザイナーで無名の人間が100万円集めるわけですから。そこで、「謝謝台湾計画」の専用口座を、賛同者でもある某会計士の協力で開設(三井・住友銀行)し、寄付金のルール(返金はしない・通帳の最終PをUPなど)を新たに公式ブログを立ち上げて説明し、そんななか、台湾独立色が強い「自由時報」で半ページ138万円で感謝広告が可能となり、寄付金が240万円集まったら「聯合報」「自由時報」の2紙に掲載することを決めました。

3-2 二番目 B 感謝広告(聯合報)
感謝広告(聯合報)

Q寄付金と感謝広告の顛末は。

A寄付金の募集(公式ブログ)は4月19日にUPしました。期間は1週間。初日の夕方記帳に行くと「件数が表示できません」。残高をブログにUPできない。翌朝窓口で記帳してもらうと通帳が6冊、計680万円。1日にして目標(240万円)をクリアしました。それで3日目に1000万円を突破し、結局、4月26日までで約1925万円が集まり、2紙に約238万円を支払い、残りはすべて日本赤十字を通じて被災地に寄付しました。その後、口座を閉鎖する一方、感謝広告原稿を自ら制作、2紙とのやり取りにより、5月3日同時掲載(「聯合報」朝刊9面、「自由時報」朝刊5面)が決まったのです。

この感謝広告(「謝謝台湾計画」)が私の台湾への入口となりました。

●プロフィール

大学卒業後、1997年に広告会社に就職。その後イギリスに留学。美術大学の大学院(修士)で舞台美術を学ぶ。2004年、帰国後、フリーのグラフィック・デザイナーとして海外のコンペに応募、各賞を受賞した。2011年感謝広告「謝謝台湾計画」を実現し、有名に。現在、台湾との交流活動に力を入れる。

求人情報/業務(営業事務)

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yusei

【職  種】 業務(営業事務)

【仕事内容】 客先受注対応、伝票インプット、商品出荷処理 等
日本語会話必要

【時  間】 9:00~18:00

【休  み】 日、祝日、当社カレンダーにより

【給  料】 20万円から(試用期間有)

【勤 務 先】 神奈川県横浜市中区太田町2-31-1

【選考方法】 書類審査、個別面接

希望者は履歴書(写貼)、職務経歴書を郵送もしくはメールしてください。

友盛貿易株式会社
〒231-0011 横浜市中区太田町2-31-1 友盛ビル3F
担当:総務部 中尾 (nakao@yusei-group.co.jp)

正田樹投手が再び「台湾」球界でプレーへ

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正田樹投手
正田樹投手

2009年、2010年に台湾・興農でプレーした正田樹投手(群馬県出身)が、今年、再び台湾でプレーすることになった。正田投手を獲得したのは、台湾プロ野球(中華職棒)で、昨年後期シーズン2位のラミーゴ・モンキーズだ。

正田投手は桐生第一高校時代、夏の甲子園で優勝投手に輝き、1999年のドラフト1位で日本ハムに入団。188cmの長身を活かしての鋭いカーブを武器に2002年にはパリーグの新人王に輝いた。2009年からは台湾・興農でプレー。14勝6敗で最多勝と最多奪三振のタイトルを獲得。2010年も引き続き興農でプレー、11勝5敗の好成績を収めたが、契約延長は無く、そのまま帰国した。

興農時代に台湾テレビ番組「大口吃遍台湾」の取材を受け、台湾生活について問われた正田投手は「台湾は食事が美味しく住み心地がよい。中国語も勉強していますよ」と答え、台湾生活への高い順応を示していた。

帰国後は独立リーグ・新潟アルビレックスBCを経て、2012年にヤクルトスワローズに入団。2013年まで在籍し、2年間の一軍通算は39試合登板1勝1敗4ホールドの成績を残すも、戦力外通告を受けた。年齢32歳の正田投手に動いたのはラミーゴ、台湾での実績は十分で、勝率が高いのも好材料となった。生活にも愛着を示していただけに、林智勝選手や林泓育選手ら強力バッターが揃うラミーゴで正田投手のピッチングがどれだけ発揮されるのか・・・今年の活躍に注目が集まる。