駐大阪辦事處辦理四國地區行動領務服務活動

 為服務旅日僑民,駐大阪辦事處領務組特別配合四國地區僑民活動,於9月5日前往香川縣善通寺市辦理行動領務服務,當天有來自香川縣、愛媛縣和高知縣等地的僑民到場,詢問關於護照換發、喪失國籍、回復國籍和文件驗證等事項,僑民們也對於駐處不辭距離遙遠到地方提供便民服務,感到相當感謝。

駐大阪辦事處領務秘書鄭如君特地前往香川縣為四國地區的僑民提供行動領務服務
駐大阪辦事處領務秘書鄭如君特地前往香川縣為四國地區的僑民提供行動領務服務
領務秘書鄭如君也在現場和當地僑民針對四國僑會組織交換意見
領務秘書鄭如君也在現場和當地僑民針對四國僑會組織交換意見

 當天到場提供服務的駐處領務秘書鄭如君也和當地僑民就四國僑會組織進行意見交換,同時他也代表駐處向僑務促進委員的上島彩致意,感謝她於今年7月提供緊急救助,協助在四國旅遊遇上意外事故的台灣民眾,鄭如君也盼在日僑民今後可以繼續協助政府做好各項服務旅日台灣民眾的工作。

 愛媛縣松山市產業經濟部國際交流擔當課長崎山吉繁亦到場宣傳和說明關於11月21日至22日在松山市城山公園舉辦的「2015第5屆愛園松山產業祭」,與會僑民則表示同意並計畫在會場設置小吃攤位,協助推廣聞名海內外的台灣美食。

横浜地区における日台重鎮3氏が一度に講演

左から横浜企業支援財団(IDEC)の牧野孝一理事長、台北駐日経済文化代表処横浜分処の粘信士処長、日台経済文化交流協会の上村直子会長、台湾貿易センター東京事務所の呉俊澤所長
左から横浜企業支援財団(IDEC)の牧野孝一理事長、台北駐日経済文化代表処横浜分処の粘信士処長、日台経済文化交流協会の上村直子会長、台湾貿易センター東京事務所の呉俊澤所長

日台経済文化交流協会(会長:上村直子)は9月4日、横浜市開港記念館にて講演会を開催した。このほど講演したのは台北駐日経済文化代表処横浜分処の粘信士処長、台湾貿易センター東京事務所の呉俊澤所長、横浜企業支援財団(IDEC)の牧野孝一理事長の3人。会場には同会のメンバーはもちろん、日台関係や台湾の経済などに興味を示す関係者ら約80人が集まった。

約80人の聴衆が集まった
約80人の聴衆が集まった

最初に講演した粘処長は、冒頭、今年が戦後70年ということに触れ、先日安倍首相が発表した戦後70年の談話に対し日本の政治学者・北岡信一氏が作成した提言書に、中華民国初代総統・蒋介石氏の「以徳報怨(いとくほうえん=うらみに徳で向き合う)」演説について書かれていたと発言。その上で蒋氏の同演説は日本の敗戦後、天皇制度の維持、ソ連の提案した分割制度への反対、戦後260万の軍民を日本国内に返還することを提起していると説明。さらに蒋氏は日本に賠償請求をしなかったと話し、「日台の友好関係はこの時から始まった」と回顧した。

粘処長はそのほかに、近年における台湾の国際関係発展や、台湾と中国の平和的発展、日台間の地方交流についてなどを説明。日台間で結んだ覚書(MOU)については現在58個あり、そのうち25個は台湾が馬英九政権になってから結ばれたもので達成率は43%であることを発表した。

台北駐日経済文化代表処横浜分処の粘信士処長
台北駐日経済文化代表処横浜分処の粘信士処長

また、呉所長も講演でMOU締結について言及。呉所長によると、日台間では2011年に経済やビジネスのMOUが次々に締結し、様々な面での枠組みが出来たという。そのなかでも地震などの災害発生時を例に挙げ、「日台関係を見るときに1999年の台湾中部大地震と2011年の東日本大震災が一つの要素になるが、地震などの災害の際に『日台民間投資取り決め』と『日台オープンスカイ協定』が役に立つ」とした。

なお、牧野理事長は毎年開催している「国際企業人材育成センター(ITI) 横浜研修」の概要を参加者らに説明し、参加した企業関係者らに、同研修生受け入れを呼びかけた。同研修は台湾貿易センターが運営するITIがIDECを窓口として、開催しており、ITI研修生は、日本企業での実務経験を通して日本のビジネス習慣や社会習慣、企業ルール、仕事の進め方や価値観、日本文化などを習得する。同研修は今年で10周年を迎えており、今までに横浜地区の企業で研修をしたITI研修生は217人にのぼる。卒業生217人のうち、6人は実際に横浜の企業に就職し、台湾で就職した研修生も台湾に進出している日本企業などに就職。日台貿易関係のビジネスに従事している。また、牧野理事長によるとIDEC事務局メンバーは今年の10月に訪台し、実際にITIを視察する予定。

2015年直木賞受賞作家・東山彰良のルーツ

2015年直木賞受賞作家・東山彰良のルーツ

 

日本で最も名誉ある大衆文芸賞である、直木三十五賞(通称「直木賞」)。このほど2015年第153回直木賞の受賞者が発表され、台湾出身で福岡在住の作家、東山彰良(本名:王震緒)さんの「流(りゅう)」がこの栄光に輝いた。東山さんは初めてノミネートで同賞を獲得、台湾人としては、邱永漢さん(1955年)、陳舜臣さん(1968年)に続く3人目の同賞受賞者となった。

 

直木賞を受賞した東山彰良さん(提供:中央社)
直木賞を受賞した東山彰良さん(提供:中央社)

 

選考委員の満場一致『奇跡のような受賞』

東山さんは8月21日、東京都内にて行われた第153回芥川賞・直木賞の贈呈式に、芥川賞を獲得した「火花」の又吉直樹さんと「スクラップ・アンド・ビルド」の羽田圭介さんと共に出席した。

祝辞を述べた直木賞選考委員の高村薫氏は、東山さんの受賞について「選考委員、全員がマークをつけた満点の受賞です。作品のジャンルや好みの異なった選考委員が口を揃えて絶賛することは普通ではありえないこと。奇跡なような受賞です。私としても、この10年間で『流』は文句なしのベストです」と称賛。選考委員の書評が発表された、「オール讀物(9月号)」でも、「活き活きとした表現力、力強い文章、骨太のストーリーテリング、(人生・青春・家族の滑稽と悲惨)を把握して全編に漂うユーモア、全てにおいて飛び抜けた傑作」(宮部みゆき)、「たしかに素晴らしい読書体験だった。治安や秩序が不安定な土地を舞台にした青春小説は、ダイナミックで破天荒で爽快で、作中に登場するファイヤーバードに乗っているかのような疾走感があった」(東野圭吾)など絶賛だった。

東山さんは同式で感謝の言葉を述べた後に、「直木賞は僕の平坦な作家人生に生じたすてきな不整脈のようなもの。やがて落ち着いていかないと作家としてのキャリアは終わってしまう。今日をピークとして、自分の作品の世界に戻っていきたい」と心境を話した。

 

東山さん(左)は芥川賞を獲得した又吉直樹さん(中央)と羽田圭介さん(右)と受賞式に出席
東山さん(左)は芥川賞を獲得した又吉直樹さん(中央)と羽田圭介さん(右)と受賞式に出席

 

 

同賞受賞で一躍、話題の人物となった東山さんは台湾新聞のインタビューに応じ、同書執筆の裏側や自身について語ってくれた。

家族の物語を書く意味

同作は、1970年代の熱気に溢れ混沌としていた台湾を舞台に、東山さんが自身の家族のルーツと向き合った書き下ろし青春小説だ。17歳の葉秋生(イエ・チョウシェン)は祖父が殺されているのを発見する。殺人事件を通奏低音に無軌道な秋生の青春を描き、やがて事件は中国の国共内戦の過去につながっていく。

東山さんは、5歳まで台湾で育ち、父親の仕事の関係で5歳のときに一度広島に移り2年ほど滞在。その後、一旦台湾に戻るも父親が福岡で再就職し、9歳のときに再び日本に居住。その後はずっと福岡で生活している。日本移住後も、子どもの頃は夏休みになると必ず台湾へ帰り、約1ヶ月を台湾で過ごした。

「僕は、中国出身の祖父の物語をいつか書きたいと思っていたが、中国にはあまり行ったことがないし、現地の空気感がよく分からない。しかし台湾の1975年前後であれば、自分が肌感覚として良く知っている街なので、華人圏を舞台に小説を書く練習のつもりで、舞台を知っている街(台湾)に、主人公のモデルを台湾で育った父親に設定し、書き始めた」と執筆の動機について話した。東山さんによると、同作の内容は、東山さんの父親の体験などを参考にした部分も多く、小説でありながらも、ノンフィクションの部分が混在している。

東山さんは、受賞決定直後の7月16日に都内で行なわれた記者会見で、家族の物語を書く意味について、「たとえば子どもの頃は台湾と日本を行ったり来たりしていたんですけれど、どちらにいてもちょっと『お客さん感覚』というのがあって、そこの社会になかなか受け入れられないところがあったのですが、やっぱり家族は自分の確固たるアイデンティティが持てる場所ということで、後付けになりますが、もしかしたらそんな思いでこの小説を書いたのではないかと、今は思っております」と話した。

家族こそが確固たるアイデンティティだとする東山さんには、現在、日本人の奥さんと大学2年生の長男、中学3年生の次男という家族がいる。

息子たちの同作への感想を尋ねると東山さんは「実はまだ子供たちは同作を読んでいないのです。受賞式にはきてくれたのですが。でも、本は強制して読ませるものではないので、子供たちがそのうち自然に手に取って読んでくれると嬉しいですね」と思いを述べていた。

奥さんについては「私と同じで台湾の美味しいものが大好きなんです。家でも台湾料理を作ってくれます」と、仲睦まじい家族である様子が伺えた。

 

 

作家を目指すきっかけは1人のミュージシャンとの出会い

そもそも東山さんはなぜ作家を目指したのだろう。

東山さんの人生の変えたのは2000年。この年、吉林大学経済管理学院博士課程の博士論文を書いていた東山さんは、なかなか指導教授のOKがもらず、学位を取得することが絶望的な状況に陥ったという。学位がなければ大学へ就職することは不可能であっため、アルバイトで通訳や、レストランの皿洗いで収入を得た。

そんな状況の中、ちょうど東山さんの次男が誕生し、養うべき家族が増えた。さらに職業について悩むようになった東山さんは、その年の夏に台湾に帰国し運命の出会いをした。出会った相手は台湾のロックバンド伍佰&China Blueのキーボード担当、余大豪さんだった。

東山さんは、彼らが若い時に音楽だけで食べていけなくって苦労した話しを聞き、そして2000年当時の活躍を目の当たりにし、「自分は人生で打ち込んだことってなかったな」と思わされる。そして2000年の12月、家族が寝静まった夜更けに1人でパソコンを立ち上げ、準備も計画もないまま、小説を書き始めた。これが作家人生の始まりとなった。

「元々、作家になるつもりはなく、本当にやりたかったのは音楽。音楽がすごく好きなので、もし僕に楽器が出来たり歌が歌えたりしていたらそっちの方面にいったかもしれない。残念ながらそのようなことは全く出来ないので、その、もやもやドロドロしたものが文章になって出てきたという感覚です。僕に出来ることをやった、それが文章でした。余さんに出会ったことが、(作家を目指した)1つのきっかけです」(東山さん)

余さんは、8月の頭にも家族を連れて福岡にいる東山さんを訪ねて遊びに来るなど、いまでも付き合いのある大切な友達だという。

 

 

 

東山さんが語る日台の関係

日本と台湾の両国にルーツをもつ東山さんに、今の日台関係について訪ねてみた。

この問いについて東山さんは「少し前の韓流ブームはアイドルやドラマがブームを牽引していたとおもうが、最近の台湾ブームはもっとベースの深い部分で台湾を気に入って頂けているという印象をもっています。何かに乗っかって台湾に向かっているのではなく、徐々にひとつの定番として台湾が立ち上がっているような気がする。もちろん願望もあるが、台湾が海外へいくときの強力な選択肢になるといいと思う」との考えを示し、「とても嬉しいことです」と話した。

また、同作の中では日台の歴史的な確執のことなどについて触れられているが、東山さんによると、「このような歴史について知らなかった」という日本人読者が多く、目新しくこととして映っているという。「もし同作が中国語に翻訳された場合は、台湾人にとっては、(同作に描かれた歴史的事実は)まったく目新しくない、ほとんど常識に属するような出来事です。同書を読んで頂くことが、そこの日台間のギャップ、隙間を埋める手助けになるかもしれない」と話し、同作の可能性を感じさせた。

 

このほど直木賞を受賞し、より多くの日本人の目、そして心に触れる機会を得た「流」。これにより、台湾の背景や本質に触れることがなかった日本人も、この極上のエンターテインメント作品を通じ、台湾という国におのずと興味を持つかもしれない。「流」が日台の間で、今までとは異なった新しい形の「交流」をもたらすことに期待したい。

 

 

早くも出版が期待される中国語翻訳版

東山さんの「流」の直木賞受賞という吉報は台湾のニュースでも大きく取り上げられた。また、来年の時期総統選挙に立候補している民進党の蔡英文主席も、同作の受賞が決定した翌日の7月17日、自身のFacebookで同作についてコメントを投稿した。蔡主席は「同作は、さらに多くの台湾人にこの土地で起こった歴史の傷跡と故事を知らせることとなる。これにより、さらにお互いを思いやることが出来るだろう」と、同作の中国語翻訳版の一刻も早い出版に期待を示した。

書店に並べられた「流」
書店に並べられた「流」

東山さんによると、同作の中国語翻訳版については、現在日台の出版社同士で話し合いを行っており、すでにいくつかの台湾の出版社が、一部分だけ翻訳したものを提出してきているそうだ。「近いうちに形になればいいなと思っている」と話す一方、東山さんには翻訳について少し不安もあるという。

「中国語を話すのは問題ないものの、読むのは骨が折れるし、捉えきれないため、台湾の小説も日本語に翻訳してあるものを読みます。なので、自分自身で中国語に翻訳するのは無理ですね。圧倒的に語彙が少ないです」(東山さん)

台湾の出版社が送ってきた翻訳のサンプルも、東山さん自身ではなく、東山サンの両親が替わりにニュアンスが合っているかなどの確認をしてくれているという。

なお、翻訳版の出版はまだ予定が定まらないが、次回作は既に書き終わっており、来年にも出版される予定だ。作風も同作とは全くことなるSF小説だという。

「小説を書き続けるのが当面の大目標です。素敵な読書体験ってゆうのは、時間を忘れて自分が一瞬でもその物語に入り込めるものだと思う。もし読者の人にとって、日常な煩雑なことを一瞬でも忘れて頂ければ僕はいうことがない」(東山さん)

 

«日本・舞台紹介»戦国シェイクスピア『BASARA~謀略の城~』

«日本・舞台紹介»

戦国シェイクスピア『BASARA~謀略の城~』

 

チョンマゲ群団は9月10日より13日まで、スクエア荏原ひらつかホールにて舞台「戦国シェイクスピア『BASARA~謀略の城~』」を上演する。

同舞台は、現在では和希太平のライフワークの一つにもなっている「戦国シェイクスピア」シリーズの第一弾として、シェイクスピアの「マクベス」を日本の戦国期の武将に置き換え書かれた作品。GREEN FESTA2013年度「GREEN FESTA賞」も受賞している。

悪名高い戦国武将「松永弾正久秀」をマクベスになぞらえ、マクベス夫人となる妻「艶の方」と共に運命(魔女)に翻弄され、二人の愛は悲劇の結末をむかえる。

 

<期間>

2015年9月10日 (木) ~2015年9月13日 (日)

<公演日・開演時間>

9月10日(木) 18:30

9月11日(金) 14:00/18:30

9月12日(土) 13:00/17:00

9月13日(日) 14:00

※上演時間 約2時間10分

<チケット>

・全席指定(S席):6,000円

・全席指定(A席):5,500円

・自由席:4,800円

※購入はConfettiで受付

カンフェティチケットセンター:0120-240-540

 

詳細はこちら→http://www.chonmage-g.com

「台北友町」サイト、東京都庁展望台で特別展示会

「台北友町」サイト、東京都庁展望台で特別展示会

「台北友町」サイト開設
「台北友町」サイト開設

臺北市政府觀光傳播局は8月21日、「台北友町(台北Machi Machi)」と称した日本人訪台観光客向けサイト「台北友町(台北Machi Machi―友達がいる台北町)」を立ち上げた。「Machi」というのは台湾の言葉で「友達」を意味し、「Machi Machi」は大勢の友達がいる町を指す。台北居住の台湾人が、台北市内を東西南北の4つのエリア(ファッションの東エリア、レトロな西エリア、ロハスの南エリア、のんびりできる北エリア)に分け、それぞれに特色ある旬の旅や遊び方を紹介する。現在サイト内では、同サイトの台北旅行情報をSNSでシェアすると毎週抽選で10人(計110人)に台北限定の記念グッズをプレゼントするイベントを開催している(11月8日まで)。なお、9月22日から28日までの期間は東京都庁45階の南展望室で台北特別展も開催する(入場無料)。展示場は同室も4エリアで催され、ゲームや記念グッズのプレゼントも行われる。さらに9月24日から27日は、東京ビックサイトにて開催される 「ツーリズムEXPOジャパン2015」の台湾館台北エリアにも出展する(要入場料)。

 

問い合わせ→台北友町広報事務局:03-6328-2883

桃園の鄭市長「成田の空港事業を桃園の参考に」

 

桃園市の訪日団、千葉県を訪問
桃園市の訪日団、千葉県を訪問

地方交流の強化などを目的に来日中の桃園市鄭文燦市長率いる訪問団約20人は9月7日、千葉県を訪問。千葉県庁や成田市役所、成田国際空港(以下:成田空港)を訪問したほか、成田国際空港直結の鉄道アクセスなどを視察し、同じ空港を所有する市としての交流を深めた。

桃園市訪問団らが成田国際空港直結の鉄道アクセスを視察
桃園市訪問団らが成田国際空港直結の鉄道アクセスを視察

鄭市長一行は成田空港訪問時、成田国際空港の夏目誠社長らと面会し、空港への鉄道アクセスや、それによる周辺産業の発展などについて意見交換を行った。鄭市長は「成田空港は、鉄道アクセス利便化などの国際空港事業を通じて、周辺地域の発展に巨大な影響を与えている。この成田空港の成功事例を現在建設中の桃園メトロ(MRT)空港線などの参考にしたい」と述べた。面会後は「第2空港ビル」駅から「成田」駅まで、京成本線の特急に乗車し、実践的な視察を行った。

京成本線の特急に乗車する桃園の鄭市長(中央)
京成本線の特急に乗車する桃園の鄭市長(中央)

同MRTは、台北駅から桃園空港までを最短35分で結び、台北市内から同空港へのアクセスが大幅に改善するというもの。当初今年末の開通を予定していたが、台湾を襲った台風13号の被害や事業用車の脱線事故などの影響で工事が遅れ、開通時期は来年の3月と見込まれている。鄭市長は「同MRTは台北市、新北市、桃園市と3つの直轄市を通過し、その中には台湾の一番大きい病院、野球場、アウトレットもある。しかも桃園から台北への通勤にもかなり便利な路線になる」とアピールしたほか、期限通り開通させる自信があるかと記者に問われると、「自信はある」と力強く述べた。

成田駅前にて、来年3月の桃園MRTに自信を示した鄭市長
成田駅前にて、来年3月の桃園MRTに自信を示した鄭市長

また、鄭市長は成田市役所訪問で、今年4月にオープンした成田空港第3ターミナルと建設が計画されている第3滑走路について言及。「桃園空港も現在第3ターミナル、第3滑走路の建設を予定しており、これによる空港の人流、物流も成田空港から学びたい」と述べた。そのうえで「桃園市も第3滑走路建設に取り組んでいるが、地域住民からの反対意見もある」とし、成田市の小泉一成市長に意見を求めた。小泉市長はこの問いに対し「第3ターミナルや第3滑走路の建設への反対の理由は、騒音についてのものがほとんどだ。騒音対策にはしっかりと取り組み、反対している方々の理解を得られるようにすること」とアドバイスした。

成田市の小泉一成市長(右)と桃園市の鄭市長
成田市の小泉一成市長(右)と桃園市の鄭市長

なお、同日夜にはホテルニューオータニ幕張で、同訪問団と千葉県関係者らの晩餐会が行われ、千葉県の諸橋省明副知事や県内の市長ら、市議会の議長や議員らが参加し同訪問団と交流した。鄭市長は参加した千葉関係者らに対し、桃園市の現在の取り組みなどを説明したほか、来年2月に桃園で開催されるランタンフェスティバルへの来場を呼び掛けた。

交流会にて。左から白井市の伊澤史夫市長、桃園市の鄭市長、白井市議会の秋本享志議長、和田健一郎議員
交流会にて。左から白井市の伊澤史夫市長、桃園市の鄭市長、白井市議会の秋本享志議長、和田健一郎議員