台灣電子花車變身藝術品 將在橫濱藝術展中展出
即將於8月1日開始展開為期近3個月展期的日本著名當代藝術展「Yokohama Triennale2014」(簡稱橫濱三年展),由日本知名藝術家柳美和特別耗費千萬日幣,到台灣為自己明年即將上演的舞台劇《日輪之翼》量身打造舞台車(即電子花車),而這台舞台車正停在橫濱三年展的會場,做最後裝飾的作業,將在8月1日開展當天驚艷所有現場觀眾。

7月19日柳美和與參與舞台車製作的京都造形藝術大學、東北藝術工科大學和國立台北藝術大學的學生們,跟特別參加協助最後舞台車裝飾的橫濱市民們,一起在會場為舞台車的外部圖樣的張貼進行最後的加工作業。
柳美和也在現場特別開啟舞台車,讓現場的採訪的媒體及工作人員搶先一步看到這台來自台灣,有「台版變形金剛」之稱的舞台車如何從四角貨櫃的外形變成富麗堂皇的舞台。

柳美和表示舞台車內的畫和舞台裝飾的LED燈,在台灣都製作完成了,剩下外部圖樣的張貼和將LED燈裝上去,就大功告成了。柳美和也提到當初想說日本沒有這樣的舞台車,所以趁著自己有《日輪之翼》舞台劇的企劃,且故事中原本就有描述一群人搭乘著卡車到處旅行的情節,因此便想引進台灣舞台車而開始著手進行在台灣製作舞台車的計畫。柳美和坦承這樣的舞台車不僅價值不斐,最重要的是台灣和日本的道路法規不同,所以如果直接將台灣舞台車引進也無法在日本道路行走,於是經過多方研究,最後是將舞台和車頭的部分分開,只要掛上日本的車頭,就可在日本行走。

柳美和認為這樣的舞台車,每到一個演出的地方,就會融合在當地的人文風景中,就像是一種裝置藝術,這不僅剛好呼應舞台劇故事內容,也符合這次橫濱三年展的主題「華氏451的藝術:在世界的中心有一片忘卻的海洋」。柳美和也表示將日本難得一見的舞台車運到日本來,在橫濱三年展中展出後,明年將參加「PARASOPHIA:京都國際現代藝術祭2015」之外,也將隨著舞台劇的演出在日本各地巡迴,最終希望有機會可以到台灣或是其他亞洲國家演出。

19日當天在現場協助製作的國立台北藝術大學劇場設計學系3年級生陳重穎也說到,很希望舞台劇能隨著舞台車到台灣演出,他覺得透過這樣卡車的串連,然後在台日兩地做演出的話,應該可以給兩地的民眾不同的視野,同時在台灣舞台車的設計方面,對台灣藝術也會是一項進步。

「いま 台湾-台灣美術院の作家たち- 」が8月9日より開催

多彩に繰り広げられる台湾美術を紹介する展覧会「いま 台湾-台灣美術院の作家たち- 」が2014年8月9日(土)~9月21日(日)の会期で渋谷区立松濤美術館にて開催される。
同展では台湾美術の振興と発展、国際交流を目的に2010年に設立された台湾美術院の作品を紹介する。また、特別出品として台湾の書画家・鄭善禧、日展などで活躍するジュディ・オング・倩玉の作品など50余点の作品を陳列。
会期中は 廖修平(台灣美術院院長・版画家)の講演会や、担当学芸員によるギャラリートーク、台湾映画「魔法阿媽(魔法使いのお婆さん)」・「恋恋風塵」の上映、中国楽器によるミュージアムコンサート、学芸員による「いま、台湾」展の解説、文学座の俳優による朗読と演劇のワークショップ、学芸員と歩く松濤美術館内建築ツアーが行われる予定。また、今話題の台湾名菓パイナップルケーキの名店サニーヒルズ(微熱山丘)が数量限定で茶菓を提供する。
お問い合わせ⇒03-3465-9421
台湾桃園の小学生、福岡のステージで祝賀舞を堂々と披露

台湾桃園の小学生が、福岡のステージで堂々とした舞を見せた。福岡市博多区のJR博多シティ大屋根イベントスペースで、「アジア太平洋こども会議・イン福岡(APCC)」のステージイベントが開催。来日した34の国・地域から43のグループ、総勢250人近い海外からの小学生が、各国の伝統のダンスでステージを盛り上げた。会場では各国の代表的な「かき氷」も販売、台湾からは代表的な「芒果冰」が登場。福岡の客を魅了した。

「アジア太平洋こども会議・イン福岡」とは、アジア太平洋の各地域から11歳の子供達が福岡に集い、ホームステイやイベントを通じて交流を深める活動で、子供達が地球環境について話し合う国際会議や、各国の引率者、教育関係者らによる教育シンポジウムなどの交流プログラムが開催される。
ステージの開会式で、APCC麻生泰理事長が「世界平和への架け橋となるような教育活動と人材育成をこれからも行って行きたい。世界各国の子供達の応援を楽しんでいただき、今後の交流の活性化にも繋げたい」と挨拶。

続いて壇上に立った福岡市の高島宗一郎市長は英語を交えながら、「参加者の皆さんには自分の国に戻ったあと、日本の自国の架け橋になっていただきたい。お越しいただいた皆さんは、各国の出し物や文化に存分に触れて欲しい」と述べた。

台湾からは桃園県菓林国小の5年生の男女児童6人が参加。センスを使って伝統的な「祝賀踊り」を披露した。引率の傅盈菁先生は「緊張感の中、子供達は普段の練習成果を発揮してくれた。福岡の観客は多くの声援と拍手を送ってくれ感謝している」と話した。ダンスを終えた児童は「練習してきてよかった。思ったよりうまく踊れた。はじめは緊張したけど、とても楽しかった」と笑顔で話した。
ラッピング江ノ電で訪台観光客数増加を狙う

台湾観光局、江ノ島電鉄(以下:江ノ電)、チャイナエアライン、神奈川県観光協会の4者は7月23日付で「観光プロモーション協定」を締結した。
2013年4月に江ノ電と台湾鉄路管理局の平渓線は観光連携協定を結び、同年5月1日より江ノ電と平渓線の1日周遊券相互利用を実施。昨年1年間の相互鉄道利用者は5000人近くに上った。これをうけ1日周遊券相互利用の継続が決定し、2年目となった2014年、昨年以上の利用者獲得を目指し、台湾観光局及び神奈川県観光協会、そしてチャイナエアラインの参画によるプロモーション強化を図り、このほど「観光プロモーション協定」の締結に至った次第だ。

しかし、5000人近くの相互鉄道利用者を獲得した1日周遊券相互利用の実施には1つ問題があった。江ノ電鉄道部長の山田正文氏によると1日周遊券相互鉄道利用者のうち、江ノ電利用者が約9割。平渓線利用者は約1割という事実があるという。江ノ電側はなんとかこの状況を打破し、ウィンウィンの関係に持ち込むため、このほど同協定を結んだ他3者に話を持ち出し、締結の実現に至った。
なお、23日には江ノ島電鉄鎌倉駅3番ホームにて「観光プロモーション協定締結式」及び「友好記念電車出発式」を開催。台湾観光局・江明清所長、江ノ電・天野泉社長、チャイナエアライン日本地区・藤井克孝マーケティング本部長、神奈川県観光協会・斎藤文夫会長のほか、台北駐日経済文化代表処・沈斯淳代表、神奈川県議会産業労働常任委員会・国松誠委員長、関東運輸局・又野己知局長、藤沢市・鈴木恒夫市長、その他関係者らが参列し「観光プロモーション協定」の締結を祝した。

同式典では「観光プロモーション協定」の第1弾目の企画としてラッピング江ノ電を披露。ラッピング江ノ電には台湾と神奈川(特に江ノ電沿線上付近)双方の観光に因んだ写真やイラストが2車両にわたりラッピングされており、1年間の期間で走行し、双方の観光をアピールする予定。また、車内の広告は全て現在開催中である台北國立故宮博物院展の黄色いポスターになっており、台湾を十分に感じることの出来る2車両となっていた。(同広告は期間限定)

同式典後、式典参加者はラッピング江ノ電に乗車し、七里ガ浜へ移動。鎌倉プリンスホテルにて懇談会を行った。

懇談会で江ノ電・天野社長は「今後、江ノ電ラッピングの他にも様々な企画を実施し、日台相互の魅力を伝えていき、日台往来観光客増加に少しでもお役に立てればと思う」と述べた。

また、チャイナエアラインの役割として藤井マーケティング本部長は「私たちは日台、そして両線を結ぶ空の架け橋としての役割を担っている。このほど協定を締結した4者は今後、台北以外の地方都市の新たな台湾の魅力を日本の方に伝えていきたいという面で意見がマッチしている。お互いに協力しながら地域間交流を活発にして行きたい。そして、日本の方にはもっと気楽に飛行機を利用し、週末に台湾に行って頂けると嬉しい」と語っていた。
ラッピング江ノ電に乗客した観光客に話を聞くと、「ラッピングされていることは全く知らなかったけど、たまたまラッピングされている江ノ電に乗ることが出来てラッキー。台湾は行ったことがないのでこれを機に行ってみたいと思いました」と話しており、早速ラッピング江ノ電実施の効果を感じることが出来た。

台湾・トランスアジア航空GE222便が馬公空港付近に墜落。48人が死亡。

7月23日、台湾時間の午後7時ごろ、台湾・高雄発、離島・澎湖諸島馬公行きのトランスアジア航空(復興航空)GE222便が馬公空港付近に墜落した事故を受け、復興航空は24日午前6時半、記者発表を行い事件の詳細を伝えた。

トランスアジア航空によると機内には台湾国籍の乗組員4人、乗客52人のほかフランス国籍の乗客2人が機上しており、うち48人が死亡、10人が負傷したとしている。また、乗客の中には行政院文化建設委員会(文建会)に人間国宝と認定された木彫師の葉根壯氏も搭乗していたと台湾メディアにて伝えられている。
トランスアジア航空は負傷者の家族に20万台湾ドル、死亡者の遺族には80万台湾ドルの損害賠償金を支払う意向を示した。また、機内よりブラックボックスが発見されており、積極的に調査を行うために民用航空局及び飛行安全調査委員会と協力体制を整えたとしている。

台湾メディアの報道によると、同機は本来、23日午後4時に離陸する予定だったが、台風10号の影響により5時43分に変更され、6時30分に馬公空港に到着する予定だった。
この事件は、日本人は機上していなかったものの、日本各メディアでも大きく報道されている。






















































