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台日作家東京會議登場 白先勇暢談文學歷史不可分

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 由趨勢教育基金會和東京大學中國文學研究室合辦的「台日作家東京會議」,於11月15日在東京大學登場,進行為期2天的文學交流。台灣方面由趨勢教育基金會執行長陳怡蓁帶著台灣大學「白先勇文學講座」主辦人柯慶明與夫人張淑香,和白先勇、駱以軍、陳雪、伊格言、甘耀明、楊富閔、童偉格和王聰威等8名具代表性的台灣作家到日本,與曾獲得直木賞的日本作家中島京子和曾獲得芥川賞的作家楊逸等人進行交流。

左起為:東京大學文學部中國文學研究室教授藤井省三、趨勢教育基金會執行長陳怡蓁、台灣作家白先勇和作家張淑香,與台大「白先勇文學講座」主辦人柯慶明
左起為:東京大學文學部中國文學研究室教授藤井省三、趨勢教育基金會執行長陳怡蓁、台灣作家白先勇和作家張淑香,與台大「白先勇文學講座」主辦人柯慶明

 台日作家東京會議上,陳怡蓁表示這場會議可以算是趨勢教育基金會在台大捐助的「白先勇文學講座」在東京的延續,因此很高興台灣有許多青壯派的作家可以到日本與當地的作家交流。而第一天的會議則先請到在台灣文壇上占有舉足輕重位置的作家白先勇,以「台北人的歷史架構」為題進行演講,他在演講中提到中國文學歷史的傳統往往是文史不分,他也強調在西方,小說的源流是史詩,而中國小說的源流則是史書,像是《史記》、《資治通鑑》,所以文學、文史關係特別密切。

白先勇時隔13年再度到東京大學開講,暢談他在著作《台北人》中的歷史架構
白先勇時隔13年再度到東京大學開講,暢談他在著作《台北人》中的歷史架構

 白先勇也表示他的作品《台北人》亦是以古喻今,包括在《永遠的尹雪艷》中引用唐朝詩人劉禹錫的詩作《烏衣巷》,白先勇說詩中描述西晉東渡後在南京建立首都,這與自己曾經歷過國民政府遷台的經驗相似,而這兩件事便有了一種歷史的平衡。就像夏志清曾說過《台北人》本身就是一部民國史,書中集結了像是辛亥革命、武昌起義、五四運動、中日戰爭、國共戰爭等重要事件。因此白先勇也分別提到他在《梁父吟》提到辛亥革命,在《冬夜》中描述了五四運動,在《歲除》中則寫到中日抗戰,和在《國葬》中寫到國共內戰的內容,呼應他剛剛所提及文學與歷史的不可分。白先勇最後則引用戲劇家聶光遠的評論來結尾,「聶光遠曾說《台北人》是用文學寫歷史的滄桑,而《父親與民國》是用歷史寫歷史的滄桑,因此可以說這部描述我父親白崇禧的傳記《父親與民國》是《台北人》這部小說的歷史註解,這也延續了中國文史不可分的傳統。」

目前正在台大「白先勇文學講座」擔任客座教授的日本大學教授山口守特別主持「白先勇文學綜合座談」
目前正在台大「白先勇文學講座」擔任客座教授的日本大學教授山口守特別到場主持「白先勇文學綜合座談」

 目前正在台大白先勇文學講座擔任客座教授的日本大學教授山口守,則問到如何將古今歷史聯繫在一起,白先勇則表示中國的歷史沿續性強,從西晉東遷,到北宋南渡,再到國民政府遷台,這些歷史是可以串聯在一起的。

 台日作家東京會議,16日則將由台灣作家伊格言、甘耀明、楊富閔、劉梓潔等人輪番上陣和日本作家星野智幸、溫又柔和茅野裕城子、砂田麻美等人進行會談。

會上聚集許多對華文文學感到興趣的學生和民眾到場參加
會上聚集許多對華文文學感到興趣的學生和民眾到場參加

 

御茶の水女子大学付属高校と台北市立第一高級女子中学が交流

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御茶の水女子大学付属高等学校と台北市立第一高級女子中学との交流活動
御茶の水女子大学付属高等学校と台北市立第一高級女子中学との交流活動

NPO法人ベーシックライフインフォメーション協会は、この度、国際親善交流の一環として御茶の水女子大学付属高等学校と台北市立第一高級女子中学との交流活動の橋渡しを行った。
かねてより両校は交流の希望を抱いており、同協会が仲介し、紹介、情報提供、助力、募金、援助などを行った。
お茶の水女子大学付属高校は、台湾研修旅行団を結成し、一行24人は10月20日~24日の日程で台北市立第一女子高級中学とサイエンスパーク、国立台湾戯曲学院、名勝旧跡などを訪問した。
22日、台北市立第一女子高級中学で両校の生徒は、授業やクラブ活動を行い、同夜は生徒の家庭にショートステイをして交流を深めた。
4泊5日の台湾研修旅行を通じて生徒は多くのことを学び、理解し、喜んでいた。
同研修旅行の実施に当たり、当協会が台北駐日経済文化代表処、亜東関係協会、台湾観光協会東京事務所に協力をお願いした。
田代實範理事長は「お世話になった関係者各位に深く感謝するとともに、ささやかであったが、裏方として学校交流のお手伝いが出来たことを誇りに思っている」と話していた。

上戶彩為東京Midtown點燈 28萬個LED燈打造浩瀚宇宙

 東京都內隨著表參道、晴空塔等各地知名觀光景點紛紛開始聖誕點燈活動,讓整個東京都內在11月就已經有了濃濃的聖誕氣氛,而同樣也是東京觀光知名景點的東京中城(Tokyo Midtown)則在11月14日,請到主演電影《武士的菜單》主角上戶彩和高良健吾舉行點燈儀式,而這場每年都能吸引超過500萬人次到場的聖誕點燈活動將持續到12月25日。

上戶彩和高良健吾手持傳統碗,放在膳食造型的點燈裝置上
上戶彩和高良健吾手持傳統碗,放在膳食造型的點燈裝置上
上戶彩和高良健吾為東京中城(Tokyo Midtown)進行聖誕點燈,兩人見到周遭亮起的燈飾,也相當興奮
上戶彩和高良健吾為東京中城(Tokyo Midtown)進行聖誕點燈,兩人見到周遭亮起的燈飾,也相當興奮

 上戶彩和高良健吾搭配《武士的菜單》的宣傳,特別在進行點燈時兩人手持傳統碗,放在膳食造型的點燈裝置上,瞬間周遭化成一片燈海,讓一旁圍觀的遊客都讚嘆說「好美」。上戶彩看到周遭閃爍的燈飾,也向高良健吾建議利用這美景向女孩子求婚,一定會讓女孩傾心的,高良則笑答:「是要這個活動期間嗎?」此外,兩人也表示今年的聖誕節如果可以在工作中度過也不錯。

上戶彩表示今年聖誕節在工作中度過,和大家一起同樂也不錯
上戶彩表示今年聖誕節在工作中度過,和大家一起同樂也不錯
高良健吾也說聖誕節工作時大家都會很嗨
高良健吾也說聖誕節工作時大家都會很嗨

 今年東京中城的聖誕點燈活動,在2000平方公尺的星光花園草坪上,使用約28萬個LED燈,並利用最新的技術設計出立體拱型的燈飾,呈現出符合今年主題「浩瀚宇宙」的氛圍,而東京中城也表示架設在空中的LED燈從各個角度看來都可以閃耀無比,這是世界上第一次將此技術運用在點燈活動上。

2000平方公尺大的星光花園上,使用約28萬個LED燈飾,營造浩瀚宇宙的氛圍
2000平方公尺大的星光花園上,使用約28萬個LED燈飾,營造浩瀚宇宙的氛圍
聖誕點燈活動期間預計將吸引超過500萬人次到場
聖誕點燈活動期間預計將吸引超過500萬人次到場
東京中城內的聖誕樹以約1800個聖誕老公公玩偶組成,也是吸引遊客注意的景點之一
東京中城內的聖誕樹以約1800個聖誕老公公玩偶組成,也是吸引遊客注意的景點之一

吳尊、周渝民演出《忠烈楊家將》 12月14日起日本公開上映

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 華人地區大家耳熟能詳的歷史故事楊家將,改編成電影《忠烈楊家將》,集結了鄭少秋、鄭伊健、吳尊和周渝民等知名男星演出,由電影《霍元甲》導演于仁泰執導,片中演出楊家忠烈的7位男星分別是來自台、港、中的人氣男星,也是堪稱史上最帥楊家將。

港星鄭伊健和來自台灣的周渝民、吳尊,與中國影星于波、李晨等人演出楊家七子,堪稱史上最帥的楊家將(© 2013 Pegasus Motion Pictures (Hong Kong) Ltd. All Rights Reserved.)
港星鄭伊健和來自台灣的周渝民、吳尊,與中國影星于波、李晨等人演出楊家七子,堪稱史上最帥的楊家將(© 2013 Pegasus Motion Pictures (Hong Kong) Ltd. All Rights Reserved.)

 故事背景是描述北宋名將楊令公奉命前往金沙灘襲擊遼軍,然而國丈潘仁美卻公報私仇,眼見他被遼兵團團包圍卻不出手相救,楊令公妻子佘太君於是緊急命令楊家七子前往兩狼山營救父親,而電影內容則是著重在描述七位兒子如何以寡敵眾、捨身取義營救父親的英勇故事。

吳尊和周渝民的魅力極大,12月14日電影在日本上映後,勢必也會吸引許多粉絲進戲院捧場(© 2013 Pegasus Motion Pictures (Hong Kong) Ltd. All Rights Reserved.)
吳尊和周渝民的魅力極大,12月14日電影在日本上映後,勢必也會吸引許多粉絲進戲院捧場(© 2013 Pegasus Motion Pictures (Hong Kong) Ltd. All Rights Reserved.)

 因為電影中需要黏頭套、吊鋼絲,還需要武打功夫等,讓首度演出古裝戲的周渝民在今年2月在台灣宣傳電影時直說:「拍攝經驗讓我覺得算是一個很好的回憶,但以後還是少拍好了。」此外,為了片中騎馬的畫面,周渝民也練習騎馬,還把屁股都給磨破了,他說:「我馬的幅度頻率,跟他馬的頻率是不一樣,我不是在罵髒話喔,後來就整個屁股都開花了。」

周渝民在《忠烈楊家將》一片中,演出擅長使用弓箭的楊延安(© 2013 Pegasus Motion Pictures (Hong Kong) Ltd. All Rights Reserved.)
周渝民在《忠烈楊家將》一片中,演出擅長使用弓箭的楊延安(© 2013 Pegasus Motion Pictures (Hong Kong) Ltd. All Rights Reserved.)
吳尊在拍攝過程吃了不少苦,還因為現場風砂過大,讓他每拍完一個鏡頭就要把吃進去的沙吐出來(© 2013 Pegasus Motion Pictures (Hong Kong) Ltd. All Rights Reserved.)
吳尊在拍攝過程吃了不少苦,還因為現場風砂過大,讓他每拍完一個鏡頭就要把吃進去的沙吐出來(© 2013 Pegasus Motion Pictures (Hong Kong) Ltd. All Rights Reserved.)

 另外,在片中一開場就大秀精壯身材的吳尊,也因為拍攝電影吃了不少苦,一場他和遼軍首領邵兵對決戲,不僅帥臉要被踩在地上,還得吊鋼絲呈現重摔的效果,為拍攝5分鐘的畫面,就花了10天的時間,不僅全身痠痛又傷痕累累,但吳尊不喊累的表現,相當敬業。

 而周渝民和吳尊的魅力,也讓《忠烈楊家將》在台灣上映時,就有不少日本粉絲遠赴台灣參加簽票見面會、搶先進戲院一睹為快,如今電影將於12月14日在日本上映,勢必也會吸引許多日本粉絲進戲院捧場。

電影相關資訊請逕洽官網:www.u-picc.com/yokasho

優勝は台湾のテレサ・ルー選手~ミズノクラシック伊勢志摩(全米女子ゴルフ公式戦)

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近鉄賢島カンツリークラブ(志摩市阿児町)で11月8日~10日まで繰り広げられた全米女子プロゴルフ協会(LPGA)公式戦「ミズノクラシック」が閉幕し、台湾のテレサ・ルー選手が優勝した。

テレサ・ルー選手
テレサ・ルー選手

テレサ選手は初日2アンダー、2日目4アンダー、最終日を9バーディー1ボギーの8アンダーで、チェラ・チョイ選手(韓)、一ノ瀬優希選手、比嘉真美子選手、大山志保選手を退け、14アンダー202打で優勝を果たした。

優勝賞金は18万ドル。志摩市提供の真珠のネックレス(約150万円)も勝ち取った。

ギャラリーは、3812人(昨年は4845人)だった。

テレサ・ルー選手は2006年から米LPGAツアーに参加、2010年に来日し、プレーを続けていた。「ミズノクラシック」はLPGA公式戦を兼ねており、LPGA大会としても初優勝となった。

嘉義縣長張花冠親自率團 參加靜岡世界茶葉節

 享譽國際的嘉義縣阿里山高山茶,應邀參加靜岡2013年世界茶葉節,並表演台灣茶藝,深獲日本茶界及與會30多國茶品業者的喜愛,親自率團前來參加茶葉節的嘉義縣長張花冠則於台灣茶藝表演時,強力推銷阿里山高山茶,並建議利用富士山靜岡機場到台灣旅遊。而本屆世界綠茶評比會中則有來自台灣頭份怡明茶園的「蝶舞花語」茶器、茶葉禮盒以及南投碧盧台灣茶的「碧盧高山有機茶磚」榮獲金獎。

嘉義縣縣長張花冠(前排中央)親自推銷阿里山高山茶
嘉義縣縣長張花冠(前排中央)親自推銷阿里山高山茶

 張花冠此行除了推銷嘉義產的茶葉之外,也拜會日本當地政府,進行地方交流,11月7日與靜岡縣政府副知事大須賀淑郎會面,會中張花冠便表示靜岡縣和嘉義縣各有名山名茶名花,物產豐富等相似的地方,且雙方也簽訂體育交流協訂和防災支援備忘錄等協議,關係日益緊密,因而盼兩縣能更上一層樓,落實觀光、產業和文化的交流。

嘉義縣縣長張花冠與靜岡縣知事川勝平太於歡迎晚宴中合影
嘉義縣縣長張花冠與靜岡縣知事川勝平太於歡迎晚宴中合影

 當天晚上則在駐橫濱辦事處處長李明宗的陪同下,出席靜岡縣議會日華友好議員聯盟會長森竹治郎舉辦的歡迎宴,包括縣知事川勝平太和該聯盟幹部等20餘名出席,席間該聯盟並表示明年將再組團訪問嘉義,而張花冠則回應明年嘉義將舉辦茶展,因此將力邀靜岡前往參展。

台北駐日経済文化代表処 徐瑞湖副代表インタビュー

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8月13日付けで台北駐日経済文化代表処副代表に就任した徐瑞湖氏にプロフィールと仕事への抱負を聞いた。

徐瑞湖副代表
徐瑞湖副代表

Q日本(語)との出会いは。

A私の生まれ故郷は苗栗県大湖郷という田舎ですが両親は日本語教育を受けましたので家の中で秘密のことは日本語でしゃべるんです。子どもたちが寝た後でアイスを食べるとか、映画を観に行くとか(笑)。小さな頃から日本語を聞きなれていました。もう1つ、隣村は泰安郷といって原住民集落でした。彼らは週に1度トラックで買い物に来るんですが、家(文房具店)にもやって来ました。会話はすべて日本語だったんですね。

Q学校について。

A中学1年生まで故郷の学校だったんですが、(高校への)進学率が低いということで父が新竹に勉強しに行きなさいと、中2の時に転校しました。そこは進学率は良くて同級生は建国高級中学、新竹高級中学、新竹師範学校など全員、いい学校に受かりました。私は勉強よりもバスケットに熱中していて、いい高校にはいけず、台北師範専科学校に入学しました。父は医学校を望んでいましたが最終的には師範学校なら悪いことはしないだろうと認めてくれました。

Q教員生活は。

A5年間勉強した後、兵役2年を経て新北市の金山郷の三和小学校に赴任しました。続いて深坑小学校、3校目に台北市実践小学校に転校したところで、バレーボールチームの監督を担当することになり、台北日本人学校と練習試合をするようになったわけです。そこで日本人学校の先生との付き合いが始まりました。植木先生、大門先生、西村先生、川添先生とつながっていきました。台北日本人学校は3年が勤務期間でしたから。実は私は教員をしながら日本語の勉強をしたいと思い、淡江大学の夜間部(日本語学科)に通っていましたが、この日本人学校の先生との交際のおかげで日本語は他の生徒より上達しました。

Q外交官になったわけは。

A淡江大学に日本研究所という大学院ができまして、受験しました。受かった後は、教員を続けながら勉強しました。政治・経済を専攻しましたのは、講師が政府の高官である場合が多く、その方々はご自分の家か台北の分校で教えることが多く、淡水まで通う必要がなかったこともあります。ただ、人より1年多く、3年半費やして卒業(修士)しました。

その後、外交官試験に合格しまして、父も大変、喜んでくれました。ただ、当時は進路上の選択肢はいくつかございました。

Qその意味は。

A小学校で校長先生になるか、外交官試験を受けるか(3回挑戦)、筑波大学への入学許可をもらっており(交流協会の奨学金も受かっていた)、将来大学の先生になるか、という3つの選択肢がありました。外交官になった場合、12年間の教員生活の勤務年数も合算されることもございまして、結局、外交官に挑戦したわけです。

Q外交官になってから。

A最初は亜東関係協会薦任科員として日本の国会議員、地方議員、地方の親善協会の方々のアテンドをしておりました。1990年1月に代表処書記官として来日し、1995年7月まで5年半勤務しました。蒋孝武代表が約1年半、その後、許水徳代表に代わりました。総務課長をさせたいただいた後、やがて業務部(政務部)に移動し、以後はずっと業務部です。台湾に戻り、亜東関係協会秘書科長になりましたが通常より長い勤務になりました。というのは、本来は4年半で大阪弁事処に行く予定が1999年9月21日の大地震の際、日本からの救援隊のアテンドに尽力したことが認められて、半年後の東京勤務に変更になった次第です。

2回目の代表処勤務は2000年から2006年ですが、肩書が業務部次長になっていました。これは名義だけだとしても破格の扱いだったと思いますね。6年間業務部で勤務し、正式な副組長となって台湾に帰国しました。亜東関係協会では2006年から2009年夏まで勤務し、2年ほど副秘書長をやりましたが、札幌に新しい事務所作ることになり。準備のために2009年8月に札幌に入りました。

Q札幌での仕事は。

A新しい総領事館ということで自分にとって、外交官にとって初代弁事処長というのはこれ以上、誇りある仕事はないなと思いました。12月1日にオープンしました。私にとって北海道の4年間は外交官のキャリアのなかでかけがえのないものになりました。例えば北海道の観光都市には日台親善協会を10ヵ所作りました。観光客に事故があった時に電話1本ですぐに対応できます。10月8日には北海道日台親善連合会発足会議がありました。これから正式に立ち上げます。今後も増えるでしょうし、会員数は1000人以上です。私の送別会には北海道高橋はるみ知事、加藤礼一北海道議会議長ほか大勢の方々がいらしてくださいました。

Q8月に副代表に就任されたが。

A東京勤務が11年半、そのうち9年は政務でした。今回は羅坤燦副代表の後任として来ました。私にとっては副代表というよりは外交官にとっての最後の花道です。私も1952年生まれ現在61歳。定年は65歳ですから4年はあります。北海道勤務を合わせると東京での仕事は2年はあるのではと思います。全力投球で台日関係をもっといい方向に促進されるよう努力したいと思います。副代表の仕事は代表を補佐し、また、代表の指示を受けて、代表が与えられた任務や政府の政策をできるだけの力を出して達成する、使命を果たすということだと思います。

徐瑞湖副代表:1952年生まれ。台北師範専科学校卒業、淡江大学日本語学科(夜間部)卒業、淡江大学日本研究所修士。1973年台北県、台北市小学校教師、86年外交部に入り、亜東関係協会薦任科員、90年台北駐日経済文化代表処書記官、95年亜東関係協会秘書科長、00年台北駐日経済文化代表処業務部次長、06年外交部日本事務会諮問委員、専門委員、08年亜東関係協会副秘書長、09年台北駐日経済文化代表処札幌分処処長、2013年8月13日台北駐日経済文化代表処副代表。

台湾出身の林威助選手、日本球界残留へ気迫の4出塁〜第1回トライアウト

林威助選手
林威助選手

台湾出身の林威助選手、日本球界残留へ気迫の4出塁〜第1回トライアウトプロ野球12球団合同トライアウトが10日、静岡県の県営草薙球場で行われ、阪神タイガースで今年までプレーしていた台湾出身の林威助選手も出場、気迫のプレーを見せた。トライアウトとは、過去に日本プロ野球に在籍し、退団(もしくは戦力外通告)した選手達が指定の球場に集まり、各球団のスカウトや首脳陣(海外球団のスカウトも含めた)が見つめる中、実戦形式の「試験」を行うものだ。今年のトライアウトは投手36人、野手29人の計65人が参加。中日ドラゴンズのGM・落合博満氏も姿を現すなど緊迫した雰囲気の中で行われた。

林選手は8日〜10日に台湾(新荘・天母)で開催の「日本代表チーム強化試合」に、台湾チーム代表としての招聘があったが、トライアウトに専念するため強化試合への出場を見送った。

林選手は第2打席に元楽天の加藤投手から右中間への三塁打。レフトに入った守備でもフライをフェンスに激突しながら好捕するなど、2安打2四球の4出塁という内容で、攻守にわたってアピールした。

台中市生まれの林選手は高校生の時に福岡県柳川高校に野球留学、近畿大学を経て、ドラフト7巡目で阪神に入団。台湾代表メンバーとしても2004年にアテネ五輪、2006年、2009年にWBCに出場した。阪神では2007年に115試合に出場、打率.292、15HRで成績を残すも、2008年以降は肩、膝靭帯の故障に悩まされた。昨年以降は出場機会が減り、2013年も1軍では1試合での出場にとどまった。
第1回トライアウトを終えた林選手は「打撃を特にアピールできた」とコメント。日本・台湾双方の野球ファンが見守るだけに、この内容を各球団のフロント・首脳陣がどう評価するのか、日本球団への再入団に繋がるのか、注目される。

利用は慎重に….台湾で人気を集める「ゲストハウス」

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人気を集めるゲストハウス
人気を集めるゲストハウス

観光客が台湾を訪れる場合「ホテル」への宿泊が一般的だが、観光人気の高まりでホテル料金も高騰している。台北市・民権東路にある日系ビジネスホテルでは、3年前に1泊当たり1800台湾ドル(当時約5000円)で泊まることができたシングルルームが、現在は、1泊2600台湾ドル(現在のレートで約7200円)まで高騰している。

ショートステイよりも、1週間以上のミドルステイの方が好まれる台湾。宿泊料金の高騰は旅行客にとって悩みの種だが、そういう時勢だからこそ注目されているのが「ゲストハウス」だ。通常4〜6人部屋で、台湾の場合は、一般的な建物の部屋のみを借りている場合が多い。看板が出ているわけでもなく、ひっそりと運営されている。「大部屋」と「シングル」で料金が違い、大部屋だと500台湾ドル(約1500円)前後、シングルで1000台湾ドル(約3000円)前後で、シングルに泊まれば大幅な節約ができる。ゲストハウスに泊まるのは若い旅行客が多いが、それ以外に留学生の姿もある。留学生が異国で部屋を借りるのは手続き面でハードルが高い。「一旦ゲストハウスに泊まって様子を見て、大学や語学学校からアクセスが良く、生活環境が便利な部屋を借りよう」と、ゲストハウスを「つなぎ」で捕らえるパターンもある。滞在する1〜2ヶ月の間に、物件を探し、見つかれば出て行くという方法だ。

「ひっそりと」運営されているところが多いゲストハウス。インターネットでも日本の検索サイトには出てくるが、台湾の検索サイトには引っかからない。「日本人向けに日本語のみで書かれた」サイトを作成、客も「日本人以外」をターゲットにしておらず、「日本人だけが泊まりにくれば良い」というスタンスだ。不可解にも思えるが、そこには、触られたくない「理由」がある。

実は、ゲストハウスの多くが、台湾当局に「宿泊業」としての申請をしていない。ホテルなどの宿泊施設は本来なら登録をしなければならないが、大多数は申請をせず「知り合い(友人)に部屋を貸している」という表向きで運用されており、いわば「グレーゾーン」。台湾の検索サイトなどで目立ってしまうと、「違法営業行為」として現地当局に家宅捜索に入られてしまう恐れもある(捜索で「違法」扱いにならないケースもあるが、後の運営は行いにくい)。

とはいえ、料金は魅力。日台交流が加速する中で、「ゲストハウス」の需要は伸びている。見ず知らずの日本人同士が異国で出会うことで「友情」に進展するケースも少なくない。一方、セキュリティや安全面、設備(共同風呂・トイレ等)に劣る面もある。利用を考える際は、功罪を熟慮するべきだろう。