片倉佳史のもっと台湾トークライブVol.4が盛大に開催

片倉佳史さん
片倉佳史さん

台湾漫遊倶楽部(代表:辛正仁氏)が、5月18日、文京区民センターで「片倉佳史のもっと台湾トークライブVol.4」を開催した。会場となった大会議室には前回を大幅に上回る700人を超える参加者が集い、大盛況だった。初参加も多かった。

在日台湾婦女会さん
在日台湾婦女会の皆さん

同イベントは、今回が4回目。テーマは「台湾美食ガイド~いざない編」だった。ちなみに前回は「高雄特集」。事前申込み段階で満席というだけあって、開場を前に参加者の長い列ができた。今回は在日台湾婦女会の好意でチマキが参加者一人ひとりにふるまわれた。

講師となった片倉佳史(かたくら・よしふみ)氏は、1969年神奈川県生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て1997年に台湾に渉り、以来、フリーライターとして、日本統治時代の遺構探しや地理・歴史、原住民族の風俗・文化、グルメ、鉄道などのジャンルで執筆・撮影を続けている。

会場の様子
会場の様子

参加者増の背景には、固定ファンがついたこと、東日本大震災の義援金の話題、日台双方の往来観光客が2012年は300万人に迫ったこと、尖閣列島をめぐる日台漁業交渉の前進、宝塚歌劇団の台湾初公演など、マスコミが大きく台湾の話題を報じ、日台交流がこれまでにないほど緊密さを増していることがあろう。テーマが誰もが関心の高い“台湾料理”のガイドという点も参加者のニーズをとらえた。

講演は、台湾在住経験の長い片倉氏ならではの切り口が多く、参加者から笑いや驚きの声が聞かれた。いくつか挙げてみよう。

「おいしい店の情報収集はホテルのシェフの話が役立つ。独自の情報ネットワークを披露してくれる」「居酒屋料理が流行。和民などチェーン店系のチーズ明太子焼きなどに注目」「好きなものを好きなだけ食べるセルフサービスビュッフェが人気。肉料理メインに3品ぐらいで250円」「台湾の宴会料理は広東料理が多い。(味が薄くて満足しないが)フカヒレやナマコなど微妙な触感を楽しみ、使い分けられるのがグルメという考え。ホスト側(ビジネス接待側)がアピールできる」「高級ホテルに四川料理レストランは少ない。(接待には)安上がりで恰好がつかない」「士林の夜市は人気に陰り。味が分からない若者が増えた。土地代が高騰し、料理の値段が高い。かき氷は南部の二倍」「台湾に日本酒ブーム。上越新幹線越後湯沢駅の利き酒コーナーの10%は台湾人!?」「マンゴーかき氷店の探し方。野菜市場の近くにあるデザート屋さん。注文を受けてから新鮮でおいしいマンゴーを買ってきて作る」「台湾のコンビニは過当競争。セブン・イレブン、ファミリーマート、ハイ・ライフ(台湾資本)、サークルK(OK便利店)の上位4社で9443店舗(2011年)。2階がイート・イン・スペースの店舗が普及し、屋台が危機」など。

参加した30歳の男性は「4回目です。妻の母が台湾人で親戚に会いに台湾に行き始めました。片倉さんは妻がインターネットとツィッターを見て知りました。本も全部買っています。ガイドブックに載らない情報を毎回、楽しみにしています。今度、今回のお話を参考にお店を探してみようと思います」

50代の男性は「会社の出張で地方から上京していて、参加しました。台湾は年に2.3回行きます。もう2~3周してますね。食べものがおいしくて、日本人に親切ですよね。台東の田舎がお勧めです。料理は台南が好きですね」

友達と来たとう30歳代の女性2人は「台湾は10年前から。それまで他の国に旅行しましたが最近は台湾ばかり。このGWにも台中に行きました。最近は台湾のなかで行ったことがないところに行くのが楽しみ」

講演は午後9時前に盛況のうちに終了。この後、希望者を対象に都内で懇親会が開かれた。

中国の人権活動家・陳光誠氏、6月に初訪台

0

 行政院大陸委員会(中国政策を担当)は、昨年5月に中国政府の弾圧を恐れて渡米した中国の盲目の人権活動家であり弁護士の陳光誠氏の台湾訪問を許可した。これは民間団体「台湾關懷中国聯盟」がかねてより同氏の台湾訪問を招請しており、初の実現となる。陳氏は6月23日に妻子ととも一家4人で訪台し、20日間滞在する予定。滞在中は台湾大学を訪問し、教師や学生と交流を図るほか、成功大(台南)での講演、また24日に立法院長の王金平氏を訪問した後に立法院(国会に相当)での講演予定もある。
 また、同氏の訪台で中国が反発する恐れもある。

日本と台湾の松山駅が姉妹提携へ 今年10月にも

0

交通部台湾鉄路管理局范植谷局長は5月17日、JR四国と台湾鉄路の「松山駅」が10月にも姉妹提携を締結する予定であることを明かした。

 

交通部台湾鉄路管理局范植谷局長
交通部台湾鉄路管理局范植谷局長

 

これは台北駅で開催された「2013日本物産博覧会」の開幕式の中で明らかにしたもの。范局長は「近年、日本と台湾の交流が多くなっており、鉄道に関しても、昨年にはJR北海道の蒸気機関車との姉妹提携を行なったほか、平渓線と江ノ島電鉄が友好提携し、使用済み切符の交換のキャンペーンを行なっている」とした上で、「愛媛県の松山市と協議し、今年の10月には松山駅と台鉄の松山駅の駅と駅の提携イベントを行なう」と発言した。

 

台湾鉄路の最新車両TEMU2000型
台湾鉄路の最新車両TEMU2000型

 

台湾鉄路松山駅は清朝時代の1891年「錫口」駅として開業。1920年に駅周辺の地名に合わせて「松山」駅に改称。2008年には地下化された。一方のJR四国松山駅は1927年開業。1990年には電化された。

日本物産博覧会 台湾人観光客誘致に60団体が参加

0

台湾観光協会と日本旅行は5月17日、台北駅で「2013日本物産博覧会」を開催した。魅力に溢れた日本の姿を台湾の人々に紹介するこの催しには、日本全国から自治体や企業ら60団体が参加し、台湾人旅行客の呼び込みを行なった。

 

会場となった台北駅一階ロビー
会場となった台北駅一階ロビー

 

このイベントは2012年から続く「日台観光促進年」の取り組みの一環として行われたもの。台湾で初めて旅行誘致イベントを行なうことについて日本旅行丸尾和明代表取締役社長は「年間143万人が日本から台湾にお伺いしている。台湾からも156万人。双方向の関係になっている。相互の交流をより拡大させていくことが、人的交流または経済交流に繋がっていくのではないかと考えている」と開催理由を語った。

 

日本旅行丸尾和明代表取締役社長
日本旅行丸尾和明代表取締役社長
(左5人目から)日本旅行丸尾和明社長、交通部台湾鉄路管理局范植谷局長、交通部観光局劉喜臨副局長、台湾観光協会東京事務所江明清所長
(左5人目から)日本旅行丸尾和明社長、交通部台湾鉄路管理局范植谷局長、交通部観光局劉喜臨副局長、台湾観光協会東京事務所江明清所長

 

熊本県商工観光労働部の坂本久敏課長補佐は、台湾でも人気急上昇の「くまモンうちわ」を配布して来場者の心をつかんだ。「台湾人旅行者は年々増加傾向」として、更なる誘致に期待する。また、長崎県平戸市は佐世保市、長崎市と共同でブースを出展。17世紀に台湾を統治した鄭成功の母田川マツは平戸出身。今年7月13日には鄭成功の生家が復元開放される予定。平戸観光協会の里村亮マネージャーは「生家を復元して、交流を活発化させたい」と意気込む。長野県も昨年10月の県知事トップセールス以降、台湾市場に積極的に売り込みをかけている。茅野市産業経済部山本貢史主査は「山と湖、違った自然を一度に楽しめるのが諏訪地区の魅力」と語る。ただ、諏訪地区の台湾人観光客数は「震災前の水準には戻っていない」と話し、今回のイベント参加で観光客数回復を狙う。

 

熊本県商工観光労働部坂本久敏課長補佐
熊本県商工観光労働部坂本久敏課長補佐
鄭成功に扮した村亮マネージャー
鄭成功に扮した里村亮マネージャー
茅野市産業経済部山本貢史主査
茅野市産業経済部山本貢史主査

 

福島県は日本酒の試飲活動を行ない、訪れた人からの注目を集めた。観光交流課杉本寿一主任は「桜も綺麗、紅葉の時期も良い、スキーリゾートにも来ていただければ。後ゴルフですね」と福島の魅力を語る。会場には自治体以外にもテーマパークや旅館、鉄道会社などの企業も出展。日本でハローキティのテーマパークを運営するサンリオエンターテイメント営業課香川智史係長は「(台湾で)ハローキティは人気。ただ東京と九州の二ヶ所にハローキティのランドがあると言うのはまだまだ認知度的にもうちょっと」、「円安の追い風でぜひ来てもらえれば」と訪日旅行者の増加を期待した。

 

福島県のブースにも多くの来場者が集まった
福島県のブースにも多くの来場者が集まった

 

会場には多くの来場者がつめかけ、一時は歩くのもやっとになるほど。パンフレットを抱えた女性は「息子が日本が好きで、年に二回は遊びに行っている。今日も(パンフレットを)集めるように言われて来ました」と話した。日本からやってきたゆるキャラと写真を撮る親子もおり、日本旅行への注目度の高さをうかがわせた。日本旅行の丸尾社長は「こういったものを一過性ではなく、来年再来年と続けて、認知の拡大をしたいですし、これからもやって行きたい」と話し、日本と台湾の観光交流を更に促進させたい考えだ。この催しは19日まで行なわれる。

ドキュメンタリー映画「台湾アイデンティティー」の衝撃

0
酒井充子監督
酒井充子監督

ドキュメンタリー映画「台湾人生」(09年)、「空を拓く〜建築家・郭茂林という男」(13年)を監督してロングラン・ヒットを続ける酒井充子監督が、台湾と日本の戦後70年の歴史と関係性に向き合った作品「台湾アイデンティティー」を完成させた。キャッチコピーは「かつて日本人だった人たちが語るそれぞれの人生」である。

日本と台湾の友好と交流には、東日本大震災の際の200億円を超える義援金に象徴されるように、特別な意味が内在している。“特別な”とは、1895年から1945年までの半世紀、台湾は日本の統治下にあったという事実である。同化政策により日本語で教育を受けた、いわゆる日本語世代の老人たちは、日本語を話すだけでなく差別と葛藤のなかで、日本人としてのアイデンティティーを育みながら生きてきた。

ところが日本は戦争に敗れた。“日本人になり損ねた”人々は、一夜にして戦勝国の側についたが、逆に蒋介石中華民国国民党政権による言論統制と弾圧の時代(二二八事件=1947年、白色テロ、戒厳令=1949年~1987年)に遭遇する。

原住民族女性、高菊花(日本名:矢多喜久子)さん(左)と妹さん
原住民族女性、高菊花(日本名:矢多喜久子)さん(左)と妹さん
父親の墓参りをする高菊花(日本名:矢多喜久子)さんの親族
父親の墓参りをする高菊花(日本名:矢多喜久子)さんの親族

本作品には6人の日本語世代の老人が登場。例えば、阿里山のふもと達邦(タッパン)生まれの原住民族女性、高菊花(日本名:矢多喜久子)さん。弾圧により父親が逮捕・処刑され、その後長い間監視された。高菊花さんは呟く。「生まれた時代が悪かったのよ」。

日本からの帰国後、小学校の教師となった黄茂己(日本名:春田茂正)さん
日本からの帰国後、小学校の教師となった黄茂己(日本名:春田茂正)さん

黄茂己(日本名:春田茂正)さん。旧制中学卒業後、約8400人の台湾少年工のひとりとして高座海軍工廠に。台湾帰国後は小学校教員として定年まで勤めた。二二八事件で処刑現場を多く目撃。宮原永治(台湾名:李柏青、インドネシア名:ウマル・ハルトノ)さん。1940年、18歳で志願し、戦場を転戦し戦後はインドネシアにとどまり、オランダからの独立戦争を闘った。会社員として日本出張の際、一度だけ家族に会うべく“戒厳令”下の台湾に立ち寄ったが、これが最初で最後の里帰りとなった。

驚かされるのはいずれの老人もいまだに深い日本への愛着、日本人としての誇りともいうべき精神を大切にしていることだ。インタビューを受ける老人たちの涙が頬を伝う。酒井監督は「かつて日本人だった」日本語世代の老人一人ひとりに問いかける。「あなたは今、何人ですか?日本人ですか」と。

※7月6日より、ポレポレ東中野ほかで全国ロードショー開始。

台南市で「東北‐風土・人・くらし」写真展

0

日本国際交流基金、台南市政府文化局、交流協会高雄事務所が主催する「東北‐風土・人・くらし」写真展が、2013年5月16日~2013年6月2日まで、新營文化中心第一、二、三画廊(台南市新営区中正路23号)で開催中だ。入場無料。

同写真展は、日本の代表的写真家が1940年代から今日までに撮影した人びとや風景写真を通して東日本大震災で被害を受けた東北地方に注目するもので、東北地方の気候・風土・歴史に焦点をあて、人々の暮らしを紹介する。

【監修】飯沢耕太郎(写真評論家)

【出品作家】千葉禎介(1917-65)、小島一郎(1924-64)、芳賀日出男(1921~)、内藤正敏(1938~)、大島洋(1944~)、畠山直哉(1958~)、林明輝(1969~)、田附勝(1974~) 、仙台コレクション(伊藤トオル他) 、津田直(1976~)

畠山直哉 気仙川 2003年8月23日 courtesy of Artist
畠山直哉 気仙川 2003年8月23日 courtesy of Artist