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台北駐日経済文化代表処 徐瑞湖副代表インタビュー

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8月13日付けで台北駐日経済文化代表処副代表に就任した徐瑞湖氏にプロフィールと仕事への抱負を聞いた。

徐瑞湖副代表
徐瑞湖副代表

Q日本(語)との出会いは。

A私の生まれ故郷は苗栗県大湖郷という田舎ですが両親は日本語教育を受けましたので家の中で秘密のことは日本語でしゃべるんです。子どもたちが寝た後でアイスを食べるとか、映画を観に行くとか(笑)。小さな頃から日本語を聞きなれていました。もう1つ、隣村は泰安郷といって原住民集落でした。彼らは週に1度トラックで買い物に来るんですが、家(文房具店)にもやって来ました。会話はすべて日本語だったんですね。

Q学校について。

A中学1年生まで故郷の学校だったんですが、(高校への)進学率が低いということで父が新竹に勉強しに行きなさいと、中2の時に転校しました。そこは進学率は良くて同級生は建国高級中学、新竹高級中学、新竹師範学校など全員、いい学校に受かりました。私は勉強よりもバスケットに熱中していて、いい高校にはいけず、台北師範専科学校に入学しました。父は医学校を望んでいましたが最終的には師範学校なら悪いことはしないだろうと認めてくれました。

Q教員生活は。

A5年間勉強した後、兵役2年を経て新北市の金山郷の三和小学校に赴任しました。続いて深坑小学校、3校目に台北市実践小学校に転校したところで、バレーボールチームの監督を担当することになり、台北日本人学校と練習試合をするようになったわけです。そこで日本人学校の先生との付き合いが始まりました。植木先生、大門先生、西村先生、川添先生とつながっていきました。台北日本人学校は3年が勤務期間でしたから。実は私は教員をしながら日本語の勉強をしたいと思い、淡江大学の夜間部(日本語学科)に通っていましたが、この日本人学校の先生との交際のおかげで日本語は他の生徒より上達しました。

Q外交官になったわけは。

A淡江大学に日本研究所という大学院ができまして、受験しました。受かった後は、教員を続けながら勉強しました。政治・経済を専攻しましたのは、講師が政府の高官である場合が多く、その方々はご自分の家か台北の分校で教えることが多く、淡水まで通う必要がなかったこともあります。ただ、人より1年多く、3年半費やして卒業(修士)しました。

その後、外交官試験に合格しまして、父も大変、喜んでくれました。ただ、当時は進路上の選択肢はいくつかございました。

Qその意味は。

A小学校で校長先生になるか、外交官試験を受けるか(3回挑戦)、筑波大学への入学許可をもらっており(交流協会の奨学金も受かっていた)、将来大学の先生になるか、という3つの選択肢がありました。外交官になった場合、12年間の教員生活の勤務年数も合算されることもございまして、結局、外交官に挑戦したわけです。

Q外交官になってから。

A最初は亜東関係協会薦任科員として日本の国会議員、地方議員、地方の親善協会の方々のアテンドをしておりました。1990年1月に代表処書記官として来日し、1995年7月まで5年半勤務しました。蒋孝武代表が約1年半、その後、許水徳代表に代わりました。総務課長をさせたいただいた後、やがて業務部(政務部)に移動し、以後はずっと業務部です。台湾に戻り、亜東関係協会秘書科長になりましたが通常より長い勤務になりました。というのは、本来は4年半で大阪弁事処に行く予定が1999年9月21日の大地震の際、日本からの救援隊のアテンドに尽力したことが認められて、半年後の東京勤務に変更になった次第です。

2回目の代表処勤務は2000年から2006年ですが、肩書が業務部次長になっていました。これは名義だけだとしても破格の扱いだったと思いますね。6年間業務部で勤務し、正式な副組長となって台湾に帰国しました。亜東関係協会では2006年から2009年夏まで勤務し、2年ほど副秘書長をやりましたが、札幌に新しい事務所作ることになり。準備のために2009年8月に札幌に入りました。

Q札幌での仕事は。

A新しい総領事館ということで自分にとって、外交官にとって初代弁事処長というのはこれ以上、誇りある仕事はないなと思いました。12月1日にオープンしました。私にとって北海道の4年間は外交官のキャリアのなかでかけがえのないものになりました。例えば北海道の観光都市には日台親善協会を10ヵ所作りました。観光客に事故があった時に電話1本ですぐに対応できます。10月8日には北海道日台親善連合会発足会議がありました。これから正式に立ち上げます。今後も増えるでしょうし、会員数は1000人以上です。私の送別会には北海道高橋はるみ知事、加藤礼一北海道議会議長ほか大勢の方々がいらしてくださいました。

Q8月に副代表に就任されたが。

A東京勤務が11年半、そのうち9年は政務でした。今回は羅坤燦副代表の後任として来ました。私にとっては副代表というよりは外交官にとっての最後の花道です。私も1952年生まれ現在61歳。定年は65歳ですから4年はあります。北海道勤務を合わせると東京での仕事は2年はあるのではと思います。全力投球で台日関係をもっといい方向に促進されるよう努力したいと思います。副代表の仕事は代表を補佐し、また、代表の指示を受けて、代表が与えられた任務や政府の政策をできるだけの力を出して達成する、使命を果たすということだと思います。

徐瑞湖副代表:1952年生まれ。台北師範専科学校卒業、淡江大学日本語学科(夜間部)卒業、淡江大学日本研究所修士。1973年台北県、台北市小学校教師、86年外交部に入り、亜東関係協会薦任科員、90年台北駐日経済文化代表処書記官、95年亜東関係協会秘書科長、00年台北駐日経済文化代表処業務部次長、06年外交部日本事務会諮問委員、専門委員、08年亜東関係協会副秘書長、09年台北駐日経済文化代表処札幌分処処長、2013年8月13日台北駐日経済文化代表処副代表。

台湾出身の林威助選手、日本球界残留へ気迫の4出塁〜第1回トライアウト

林威助選手
林威助選手

台湾出身の林威助選手、日本球界残留へ気迫の4出塁〜第1回トライアウトプロ野球12球団合同トライアウトが10日、静岡県の県営草薙球場で行われ、阪神タイガースで今年までプレーしていた台湾出身の林威助選手も出場、気迫のプレーを見せた。トライアウトとは、過去に日本プロ野球に在籍し、退団(もしくは戦力外通告)した選手達が指定の球場に集まり、各球団のスカウトや首脳陣(海外球団のスカウトも含めた)が見つめる中、実戦形式の「試験」を行うものだ。今年のトライアウトは投手36人、野手29人の計65人が参加。中日ドラゴンズのGM・落合博満氏も姿を現すなど緊迫した雰囲気の中で行われた。

林選手は8日〜10日に台湾(新荘・天母)で開催の「日本代表チーム強化試合」に、台湾チーム代表としての招聘があったが、トライアウトに専念するため強化試合への出場を見送った。

林選手は第2打席に元楽天の加藤投手から右中間への三塁打。レフトに入った守備でもフライをフェンスに激突しながら好捕するなど、2安打2四球の4出塁という内容で、攻守にわたってアピールした。

台中市生まれの林選手は高校生の時に福岡県柳川高校に野球留学、近畿大学を経て、ドラフト7巡目で阪神に入団。台湾代表メンバーとしても2004年にアテネ五輪、2006年、2009年にWBCに出場した。阪神では2007年に115試合に出場、打率.292、15HRで成績を残すも、2008年以降は肩、膝靭帯の故障に悩まされた。昨年以降は出場機会が減り、2013年も1軍では1試合での出場にとどまった。
第1回トライアウトを終えた林選手は「打撃を特にアピールできた」とコメント。日本・台湾双方の野球ファンが見守るだけに、この内容を各球団のフロント・首脳陣がどう評価するのか、日本球団への再入団に繋がるのか、注目される。

利用は慎重に….台湾で人気を集める「ゲストハウス」

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人気を集めるゲストハウス
人気を集めるゲストハウス

観光客が台湾を訪れる場合「ホテル」への宿泊が一般的だが、観光人気の高まりでホテル料金も高騰している。台北市・民権東路にある日系ビジネスホテルでは、3年前に1泊当たり1800台湾ドル(当時約5000円)で泊まることができたシングルルームが、現在は、1泊2600台湾ドル(現在のレートで約7200円)まで高騰している。

ショートステイよりも、1週間以上のミドルステイの方が好まれる台湾。宿泊料金の高騰は旅行客にとって悩みの種だが、そういう時勢だからこそ注目されているのが「ゲストハウス」だ。通常4〜6人部屋で、台湾の場合は、一般的な建物の部屋のみを借りている場合が多い。看板が出ているわけでもなく、ひっそりと運営されている。「大部屋」と「シングル」で料金が違い、大部屋だと500台湾ドル(約1500円)前後、シングルで1000台湾ドル(約3000円)前後で、シングルに泊まれば大幅な節約ができる。ゲストハウスに泊まるのは若い旅行客が多いが、それ以外に留学生の姿もある。留学生が異国で部屋を借りるのは手続き面でハードルが高い。「一旦ゲストハウスに泊まって様子を見て、大学や語学学校からアクセスが良く、生活環境が便利な部屋を借りよう」と、ゲストハウスを「つなぎ」で捕らえるパターンもある。滞在する1〜2ヶ月の間に、物件を探し、見つかれば出て行くという方法だ。

「ひっそりと」運営されているところが多いゲストハウス。インターネットでも日本の検索サイトには出てくるが、台湾の検索サイトには引っかからない。「日本人向けに日本語のみで書かれた」サイトを作成、客も「日本人以外」をターゲットにしておらず、「日本人だけが泊まりにくれば良い」というスタンスだ。不可解にも思えるが、そこには、触られたくない「理由」がある。

実は、ゲストハウスの多くが、台湾当局に「宿泊業」としての申請をしていない。ホテルなどの宿泊施設は本来なら登録をしなければならないが、大多数は申請をせず「知り合い(友人)に部屋を貸している」という表向きで運用されており、いわば「グレーゾーン」。台湾の検索サイトなどで目立ってしまうと、「違法営業行為」として現地当局に家宅捜索に入られてしまう恐れもある(捜索で「違法」扱いにならないケースもあるが、後の運営は行いにくい)。

とはいえ、料金は魅力。日台交流が加速する中で、「ゲストハウス」の需要は伸びている。見ず知らずの日本人同士が異国で出会うことで「友情」に進展するケースも少なくない。一方、セキュリティや安全面、設備(共同風呂・トイレ等)に劣る面もある。利用を考える際は、功罪を熟慮するべきだろう。

台湾で大活躍した小林亮寛投手のトークイベント、福岡で開催

大盛況のトークイベ.ント
大盛況のトークイベ.ント

台湾プロ野球(中華職棒)で2年間活躍し、その後、メキシコ、韓国などでプレーを続けている野球・小林亮寛投手のトークイベントが、小林投手の出身地でもある福岡で開催された。日本プロ野球関係者も客席に姿を現すなど、注目の高さをうかがわせた。日本の千葉ロッテ在籍後、独立リーグなどでプレーした小林投手、日本では二軍在籍時にも十分な登板の機会に恵まれなかった。「『野球』そのものがランゲージだった。野球を通じて相手にコミュニケーションを取ることができ、気持ちも伝わった。気持ちが伝わると、向こうから「日本について教えてくれ」というコミュニケーションを取ってくるようになる」とアメリカ、カナダ、メキシコ時代を振り返った。また、台湾、韓国ではチームの主力投手として活躍。 「台湾でチャンスを与えられ、個人のことから『チーム』全体のことを考えられた。台湾で初めての『先発ローテーション』で、『コンディションを整え、役割を果たす』ということしか考えてなかった。台湾シリーズでも登板できたし、中込伸コーチの指導もあって、野球をすごく学んだ。相手バッターを観察すること、データの活かし方なども勉強し成長できた」

経験を語る小林亮寛
経験を語る小林亮寛

台湾・兄弟エレファンツの2年間で一躍注目を集めた小林投手。2008年、台湾1年目は、10勝6敗、防御率2.66の好成績で台湾プロ野球のゴールデングラブ賞を獲得。絶妙なコントロールと、打者心理の裏をかく配球、キレのあるボールで勝ち星を積み上げ、台湾の地で「伝説的助っ人」となった。「『これで失敗したら終わり』というトーナメント戦の気持ちで登板していた。アメリカに行ったのはメジャーリーグを目指したから、台湾に行った時は「縁」だった」…中でも台湾チャンピオンを決める「台湾シリーズ」は印象深いと言う。「最終戦、あと1勝すれば『東京ドームのアジアシリーズ』で投げることができていた。敗れて残念だったが、大きな経験をした」と振り返る。09年に9勝を挙げた小林投手だが、この年を最後に兄弟を退団。翌年からはメキシコ、昨年から韓国でプレーした。
何回も味わった「戦力外通告」…日本人はマイナスと捉えがちだが、小林投手は、むしろ違った考え方を持つ。「リリース(戦力外通告)はチームの事情によって起きるもの。自分を否定されているわけではない。むしろ『チャンス』だと捉えてきた。チャンスを貰ったんだからそれをどうするかは自分次第、諦めるも活かすも自分次第…」
小林投手の言葉からにじみ出る、前向きさ、冷静な分析力、野球に対する情熱….。トークイベントに訪れた聴衆からは大きな拍手と、小林投手に対する激励の言葉が贈られた。

觀光局與華航合作推觀光彩繪機吸客

 交通部觀光局與中華航空合作推出台灣觀光彩繪機,首航於11月13日從台北松山機場飛至日本東京羽田機場,包括交通部觀光局副局長劉喜臨、華航董事長孫洪祥等人,與313位旅客一同搭機抵日,見證歷史的一刻。

觀光彩繪機首航紀念式賓客合影
觀光彩繪機首航紀念式賓客合影

 觀光彩繪機飛航將會以日本、韓國、馬來西亞、新加坡和中國大陸的城市為主,一年飛航的日數會超過200天以上,劉喜臨預估直接帶動的經濟效益一年會超過1億,並間接帶動旅客看到彩繪圖樣,就會想起台灣,激發到台灣觀光的動機。他也強調,日本年輕女性和上班族是台灣觀光得主力市場,在訪台140多萬旅客中,有7成是自由行,因此未來觀光局也會加強自由行方面的產品服務,而美食、樂活、購物和浪漫這4個主軸,則是觀光局給日本旅客的推薦,並希望透過代言人羅志祥吸引更多年輕旅客造訪台灣。

駐日代表處副代表陳調和受邀出席觀光彩繪機首航紀念活動
駐日代表處副代表陳調和受邀出席觀光彩繪機首航紀念活動
觀光局副局長劉喜臨(圖中)介紹觀光彩繪機上的圖案
觀光局副局長劉喜臨(圖中)介紹觀光彩繪機上的圖案

 6大主題彩繪 宣揚台灣特色

 在羽田機場舉辦的首航紀念式上,劉喜臨表示彩繪機上看得見台灣觀光主推的生態、樂活、文化、美食、購物和浪漫等6大主題,希望旅客看到彩繪機上的牛肉麵圖案,就可以想起台灣美食,看到故宮前騎著自行車的圖案,就可以想起台灣的樂活。劉喜臨也提到,今年8月日本旅遊網站4Travel針對有海外獨自旅行經驗者所做的調查顯示,台灣便榮登「獨自海外旅行裡,感覺最好的國家」第一名,因此希望透過彩繪機在台日間可以做個友好連結。

中華航空董事長孫洪祥從台北到東京搭乘彩繪機首航出席活動
中華航空董事長孫洪祥從台北到東京搭乘彩繪機首航出席活動

華航董事長孫洪祥則表示目前華航飛航日本12個航點,13個機場,每週有128個班次,希望台日間互訪人次能突破400萬人次,日後也將密切與觀光局合作,持續推廣台灣觀光。

 此外,華航也選出三位從日本出發前往台灣的幸運旅客,獲得觀光彩繪機的飛機模型一座,和包括日裔法國外交官夫人滿里子著作的《台灣,一個驚喜》一書等禮物,而其他同樣搭成首航班機的旅客,也有觀光局準備的精美小禮,讓大家從搭上飛機即感受到台灣最熱情的招待。

旅日僑領詹德薰(左)幸運搭上彩繪機首航返台,獲贈一台飛機模型(圖右為華航董是種孫洪祥)
旅日僑領詹德薰(左)幸運搭上彩繪機首航返台,獲贈一台飛機模型(圖右為華航董是種孫洪祥)
華航台灣觀光彩繪機自台北松山機場起飛(照片提供:中華航空)
華航台灣觀光彩繪機自台北松山機場起飛(照片提供:中華航空)

日職冠軍樂天金鷹赴台參加亞職大賽 田中將大隨隊訪台

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 獲得今年日本職棒總冠軍的樂天金鷹隊,為參加11月15日起在台灣舉辦的亞洲職棒大賽,於今天中午搭乘長榮航空班機啟程前往台灣。率領樂天奪得第一座日本總冠軍的總教練星野仙一,和備受台灣球迷與媒體關注的樂天當家王牌投手田中將大,今天也隨隊前往台灣。

日職樂天隊王牌投手田中將大(右2),於今天隨隊啟程前往台灣參加亞洲職棒大賽
日職樂天隊王牌投手田中將大(右2),於今天隨隊啟程前往台灣參加亞洲職棒大賽

 由於之前傳出田中將大可能不會參加此次的亞職大賽,讓不少台灣球迷直呼可惜,不過樂天於11月12日正式公布到台參加亞職的28人名單,田中將大和則本昂大等兩位王牌先發都名列其中,但今年總冠軍賽MVP美馬學則沒在名單中,至於田中會不會上場投球,樂天隊則沒有明確說明。

 田中將大自去年8月起至總冠軍戰,創下30連勝的世界紀錄,也讓他的身價跟著水漲船高,明年田中將大是否會到美國大聯盟也成了棒球迷的關注焦點。

 此屆亞洲職棒大賽地主統一獅和義大犀牛,將在台中洲際棒球場分別和來自日本、韓國、歐洲聯賽、澳洲冠軍隊伍爭冠,而中華職棒上半球季冠軍隊伍義大犀牛將於15日晚間對上日本的樂天金鷹隊。

チャイナエアライン新旧支社長歓送迎会が開催

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記念写真
記念撮影
記念写真
記念撮影
オープニング
オープニング

チャイナエアラインの鍾明志日本支社長が2年4カ月の日本赴任生活を終えて帰台することとなり、また、新しく日本支社長に就任した石炳煌氏を迎え、日本中華聯合總會に集う留日華僑団体の代表をはじめとして、多くの関係者が11月12日、都内で開かれた歓送迎会に参加した。司会は鐘幸昌氏だった。

日本中華聯合總會の毛友次会長
日本中華聯合總會の毛友次会長

冒頭、挨拶に立った日本中華聯合總會の毛友次会長は、来賓の歓送迎会への参加に謝意を示しながら、これまでチャイナエアラインは華僑社会に大きく貢献してきたとし、「とりわけ、3.11の東日本大震災の折には、チャイナエアラインから多くの支援物資を無償で日本にお送りいただいたこと、あらためて感動させてもらったことは一生忘れません」と述べた。

チャイナエアライン鍾明志日本支社長
チャイナエアライン鍾明志日本支社長

これを受けて、鍾明志日本支社長は、毛会長がチャイナエアラインのこの間の成長に触れたことに関連して「2011年11月のオープンスカイ協定の開始をきっかけに、それまで週に90数便だった運航回数が、130便となり、約40%も増えました」と在任期間中の業績を紹介しながら、華僑団体の協力に感謝した。

石炳煌日本新支社長
石炳煌日本新支社長

新支社長の石炳煌氏は「先代がこれまでやって来られた様々な成果の上に立って努力していきたいと思います。皆様方との親交を今後、深めて参りたいと思います」と力強く挨拶した。

留日台湾同郷会蘇成宗会長
留日台湾同郷会蘇成宗会長

乾杯の音頭は、留日台湾同郷会蘇成宗会長が取った。和やかな歓談が続くなか、新旧支社長が各テーブルを廻った。

記念品贈呈・記念撮影
記念品贈呈・記念撮影

途中、日本中華聯合總會の構成華僑団体の代表が店内中央に集まり、記念撮影。そして、毛会長より鍾明志支社長に記念品が贈られた。

日本中華聯合總會詹徳薫名誉会長は「鍾明志支社長は今度、本国に戻り、より重要な地位に就くことになりました。このことは鍾支社長が本社に高く評価されていることの表れだと思います。私たち華僑団体は、毎回、こうして新しい支社長が来られるときは歓送迎会を開いて、引き続き、交流をさせていただいております」と述べていた。

詹徳薫名誉会長
詹徳薫名誉会長

中締めの挨拶は、詹徳薫名誉会長が行った。

台灣發明專利登日參展引注目

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 台灣發明創意走向國際,中華創新發明學會帶著約80件獲得專利,或正在申請專利的發明創新作品於11月12日至13日,到日本參加在東京新宿西口舉行的第27屆日本東京創新天才發明展,此次參展的專利作品從像內旋式電扇、多功能外出萬能拐杖、簡易動物接便器等生活用品,到結合最新學術研究改良市面銷售商品的作品等,範圍相當廣泛。

 中華創新發明學會秘書長吳智堯表示,過去參展的是以廠商居多,而這次則有不少學校單前來參展,主要是因為近年政府相當鼓勵創新發明研究,因此從學校開始養成學生有不一樣的想法,讓創新發明的基礎可以向下扎根,並透過參展表現出台灣的軟實力。吳智堯也強調,發明包括先有概念、創意,接著是作成雛形、樣品,再將之製成成品等三階段,希望藉由國外參展能激發發明人不一樣的創意,讓台灣的發明可以在概念階段有新進一步的突破。

葉片內旋式風扇,讓浮在空中的氣球,隨著風向移動
葉片內旋式風扇,讓浮在空中的氣球,隨著風向移動
發明人王鈞弘強調新一代的醫學鞋墊可解決日本人常有的腳內八的足部問題
發明人王鈞弘強調新一代的醫學鞋墊可解決日本人常有的腳內八的足部問題

企業看好日本市場 台發明專利搶進

 連續三年在台北國際發明暨技術交易展中獲得金牌獎的內旋式多功能風扇,結合吊扇、循環扇等多功能,是世界第一台葉片內旋式風扇,發明人宓嬌表示,因為3D葉片的設計,使得風吹出來的阻力小,風扇運轉時也就會比較安靜,而新產品在台灣一上市2個月內就熱賣超過6萬台,宓嬌也強調由於相當看好日本市場,所以便帶著新一代的商品到日本參展。

 獲得澳門2013國際創新發明展金牌獎的遠紅外線醫用矯正鞋墊,也到日本參展,發明人王鈞弘表示該項商品獲得包括台灣、日本和美國等10個國家的專利申請,目前日本也有代理商引進日本販售,希望透過這次參展擴大市場規模,此外,他也強調商品的賣點在矯正日本人常有的腳內八的問題,由於日本人因為經常跪坐,易引起膝關節受傷、骨盆高低,進而導致內八等問題發生,因此他表示只要選擇合適的鞋墊來支撐足部,便能解決因足部傷害帶來的不適症。

屏東縣仁愛國小的學生黃雋翔、黃雋傑兄弟檔,示範他們發明設計的可伸縮牙刷
屏東縣仁愛國小的學生黃雋翔、黃雋傑兄弟檔,示範他們發明設計的可伸縮牙刷
此次參展年紀最小的發明人高嘉謙(右)和哥哥,以及學校同學、老師一同研發多功能外出萬能杖
此次參展年紀最小的發明人高嘉謙(右)和哥哥,以及學校同學、老師一同研發多功能外出萬能杖

小小發明家參展 教育單位盼產學合作

 這次參展的發明人年紀最小的是來自台北市私立靜心中小學,小學4年級學生高嘉謙和老師、同學們一起設計多功能外出萬能杖,結合雨傘、拐杖、照明、狗鍊和拾便器等功能,方便外出登山行走使用。另外,屏東縣仁愛國小也有學生參展,就讀小六、小四的黃雋翔、黃雋傑兄弟檔加上就讀小五的表姊林芷葳,一起研發了可延伸刷頭的牙刷,以方便清洗口腔深處的牙齒,此外,包括基隆市二信高中同學和老師一同研發出「主動感應來車LED提示之太陽能反射鏡裝置」,以及虎尾科技大學飛機工程系由教授李榮全和學生張藝瀚、沈雨萱,發明一款「國際漫遊導航系統」,運用飛機工程中的全球衛星定位系統及電子羅盤設計導航系統,設計出適合用於各種地區的導航系統,並兼具監控功能進而提高外出旅遊安全。

 包括大仁科技大學、國立雲林科技大學、建國科技大學等學校也有學生或老師,帶著發明專利到日本參展,此外吳智堯也提到,除了有企業深耕經營、研發,和學校單位運用所學創新發明之外,還有不少是退休人士是因為親身經驗,而投身發明再經過反覆測試、實驗,做出令人驚豔的作品,在在顯示台灣發明創新的高度發展。

建國科技大學則帶來7件專利作品,其中這款具散熱功能的LED燈具,已和業者洽談將商品化
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大仁科技大學時尚美容應用系系主任廖郁雯,和學生一起發明利用磁性,方便整理靴子的固定架
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陳雨治因為喜歡戶外旅行,發現舊式瓦斯爐攜帶不便且加熱速度不快,因此研發超薄爐心的多功能休閒爐
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張瑞龍發明一個適合各種2輪交通工具使用的後煞車裝置,吸引日本客得注意
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發明人李曙光為飼養寵物狗的主人設想一款,外出時方便使用的收集便袋
發明人李曙光為飼養寵物狗的主人設想一款,外出時方便使用的收集便袋

台日經典對抗賽 日本隊場上拉布幕感謝台灣

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 台日經典棒球對抗賽於11月8、9、10日連三天在台北開打,台灣方面由總教練呂明賜率領15位美國職棒與日本職棒旅外好手,召集陽岱鋼、林哲瑄和羅嘉仁等人,以及多位國內業餘選手組隊參加,日本代表隊則以年輕選手為主,包括和陽岱鋼同屬日本火腿隊的中田翔、今年廣島隊選秀第一指名抽中的投手大瀨良大地,和日職中央聯盟勝投王小川泰弘等人,由新任總教練小久保裕紀領軍新一代的日本國家代表隊到台灣進行比賽。

郭俊麟擔任先發主投6局,僅失1分的好表現,贏得日本總教練小久保裕紀的讚賞(照片提供:中央社)
郭俊麟擔任先發主投6局,僅失1分的好表現,贏得日本總教練小久保裕紀的讚賞(照片提供:中央社)

雖然中華戰士在這3場對抗賽中,分別以2:4、2:4和0:1敗給日本武士隊,但台灣小將的精彩表現,也讓球迷和日本教練眼睛為之一亮,其中在第3場擔任先發的郭俊麟,以主投6局僅失1分的好表現,贏得日本總教練小久保裕紀的讚賞,更被點名為2017年經典賽必須注意的對手。

於第2場比賽揮出陽春全壘打的陽岱鋼,在10日比賽中,擊出兩支一壘安打(照片提供:中央 社)
於第2場比賽揮出陽春全壘打的陽岱鋼,在第3場比賽中,則擊出2支一壘安打(照片提供:中央 社)

 由於此次中華職棒聯盟並未派球員參賽,因此球場上不免少了些球星光芒,但中華隊靠著旅日好手陽岱鋼等旅外選手吸引大批球迷到場支持,連日本媒體也驚訝陽岱鋼在台灣的超人氣。而陽岱鋼也不忘回饋球迷的加油,他於賽前曾表示只要打出全壘打,就要請全場球迷喝「沙士」,儘管首場表現不堪理想,但他在第2場首打席便揮出一記陽春全壘打,兌現請現場球迷喝飲料的承諾,頓時也High翻整個球場。

台日經典對抗賽10日在天母棒球場開打,終場日本隊以1:0擊敗中華隊,結束後日本隊球員舉布條感謝台灣(照片提供:中央社)
台日經典對抗賽10日在天母棒球場開打,終場日本隊以1:0擊敗中華隊,結束後日本隊球員舉布條感謝台灣(照片提供:中央社)

 中華民國棒球協會則邀請曾參與日本311大地震救災的台北市搜救隊,擔任第3場比賽的開球嘉賓,由搜救隊分隊長劉奎佑做代表,而此次日本武士隊到台進行交流賽事,也為了表達對台灣的感謝,特別於9日和10日比賽結束後,由球員、教練在場上手持感謝台灣的布幕,上面寫著「我們發自內心地感謝台灣人民,在東日本大地震時給予的援助,日本永遠不會忘記。」為這次交流對抗賽中畫下溫馨且圓滿的句點。

10日的比賽由台北市搜救隊員參與開球儀式(照片提供:中央社)
10日的比賽由台北市搜救隊員參與開球儀式(照片提供:中央社)
日本球迷在場邊高舉謝謝台灣的字板(照片提供:中央社)
日本球迷在場邊高舉謝謝台灣的字板(照片提供:中央社)

台湾・行政院国家科学委員会が日本初、海外展開・台湾進出説明会開催~台湾中部・南部サイエンスパーク投資環境の紹介

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会場の様子
会場の様子

台湾・行政院国家科学委員会(国科会)は11月6日、東京都内で「台湾中部・南部サイエンスパーク投資環境の紹介」説明会を開催した。運営は、台湾・財団法人工業技術研究院が行った。後援は、日刊工業新聞社、日刊工業グローバルビジネスサポートだった。

国科会の孫以瀚・副主任委員
国科会の孫以瀚・副主任委員
台北駐日経済文化代表処沈斯淳・代表
台北駐日経済文化代表処沈斯淳・代表
東レフィルム加工株式会社取締役久保田浩一氏
東レフィルム加工株式会社取締役久保田浩一氏
南部サイエンスパーク管理局投資組科長王雅嫻さん
南部サイエンスパーク管理局投資組科長王雅嫻さん

 

林永壽・副局長
林永壽・副局長

 

株式会社みずほ銀行台北支店馬場高一支店長
株式会社みずほ銀行台北支店馬場高一支店長
Deloitte勤業衆信パートナー執行副総経理横井雅史氏
Deloitte勤業衆信パートナー執行副総経理横井雅史氏

同説明会は、第1部バイオ・医療機器産業(午前)と第2部精密機械産業(午後)に分かれ、第1部では、国科会の孫以瀚・副主任委員による主催者挨拶、台北駐日経済文化代表処沈斯淳・代表による来賓挨拶の後、「台湾サイエンスパークへの進出経験成功談(東レフィルム加工株式会社取締役久保田浩一氏)」「台湾南部医療機器クラスターの発展概要及び南部サイエンスパークの投資環境について(南部サイエンスパーク管理局投資組科長王雅嫻さん※林永壽・副局長が補足説明)」「日台アライアンスの戦略的意義(株式会社みずほ銀行台北支店馬場高一支店長)」「台湾での会社設立及び税務会計実務の紹介(Deloitte勤業衆信パートナー執行副総経理横井雅史氏)」と題する講演が行われた。

第2部では、国科会賀陳弘・副主任委員による主催者挨拶の後、第1部と同様の構成で、「台湾サイエンスパークへの進出経験成功談」「台湾中部精密機器クラスターの発展概要及び中部サイエンスパークの投資環境について」「日台アライアンスの戦略的意義」「台湾での会社設立及び税務会計実務の紹介」と題する講演が行われた

なお、当説明会は、国科会が初めて海外で実施するサイエンスパークの大型説明会となった。

第1部の冒頭、国科会の孫・副主任委員は、「台湾のサイエンスパークは設立されてから30年余の歴史があります。台湾の経済発展、技術のグレードアップ面において重要な役割を果たしてきました。台湾と日本は重要なパートナーであり、東アジア、韓国、大陸と競争が激しくなるなか、戦略的な意義があります。今日は台湾の全体的な投資環境を説明させていただきますが、現在、日本企業が南部サイエンスパークには24社、中部サイエンスパークには10数社進出しています。これらのメーカーからも来ていただいており、経験を共有したいと思います」と挨拶した。

続いて来賓として挨拶した沈・駐日代表は、日刊工業新聞社の後援、サイエンスパークの先進性や豊富な人材、日本企業の協力について述べながら、近年の日台間の緊密な関係に言及した。毎週330便の飛行機が台湾と日本を往復していること、今年1月から9月までに台湾人が158万人も訪日していること、昨年の日本から台湾への投資件数が619件と過去最高を記録したこと、台南と日光市が協定を結んだことなど多岐に及んだ。そして、「私が強調したいのは、台湾は安心して、安定して投資していただける環境があるということです。ぜひ、台湾のことを優先して考えていただきたいと思います。台湾は胸襟を開いて皆さんを歓迎したいと思います」と締めくくった。