埼玉台灣總會一日輕旅行 感受臺灣及日本文化

【埼玉/綜合報導】埼玉臺灣總會4月23日舉辦臺灣日本文化交流之旅,安排參拜聖天宮、和紙製作體驗、參訪松崗酒廠及涉澤榮一紀念館等,豐富的行程吸引埼玉臺灣鄉親踴躍參加,度過愉快的一天。

石井許子會長希望大家好好享受今天的旅行

 琦玉台灣總會石井許子會長表示,因為疫情關係,預定舉辦的料理教室等活動被迫取消,為加強大家聯繫,特別舉辦這次旅遊,今天的行程是執行部成員精心挑選,也事先勘查過,希望大家好好享受這一天的旅遊。

參訪百年釀酒廠

 駐日本代表處僑務組宋惠芸副組長致詞表示,今天的行程可以看得出執行部的用心,參拜臺灣廟宇聖天宮、和紙體驗、百年日本酒廠參訪等,在一次行程中感受到臺灣及日本文化。臺灣為了讓更多海外朋友了解臺灣,在臺灣+網站上有精彩的節目,歡迎大家踴躍上網閱覽或是下載APP。

團員體驗和紙製作

 埼玉臺灣總會在參拜聖天宮時,山口晉眾議員特地前來致意,感謝埼玉臺灣總會為台日交流做出的貢獻,期盼有更多臺灣人認識埼玉的景點,讓埼玉跟臺灣有更深的交流。

埼玉台灣總會參訪涉澤榮一紀念館

 該會在聖天宮祈求國泰民安之後,到百年以上的日本酒釀造酒廠,對日本酒製作有更深入了解,並在酒廠享用午餐及品嚐日本酒。下午進行和紙體驗,感受製作和紙的細膩過程,隨後參訪涉澤榮一紀念館,了解日本資本主義之父的一生,旅程在深谷花園中留下愉快倩影下結束。

宗像隆幸さんを偲ぶ会が2年越しに開かれる

 「宗像隆幸さんは私たちの心の中に生きています。我々は中国に対抗するために台湾政府と協力しつつ引き続き独立建国の志を貫きます」。有志らで組織する台湾の声である。

 台湾の戒厳令期に、「党外」が国民党の政治的迫害から逃れるのを密かに支援した日本人宗像隆幸氏が2020年7月6日に84歳で逝去した事は記憶に新しい。

宗像氏は長年にわたり台湾独立建国運動に尽力。1970年に彭明敏教授が台湾から脱出するのを助けた人物として知られる。

台湾独立建国聯盟は4月24日、東京で宗像氏を偲ぶ会を開催した。同時に今年の4月初めに死去した彭明敏教授にも哀悼の意を表明した。

台独聯盟日本本部林建良委員長

台独聯盟日本本部の林建良委員長は「武漢コロナウイルスの影響で、偲ぶ会開催に2年が経過しました。奇しくも台湾では、同じ日に彭明敏教授を偲ぶ会が行われ、2人の台湾の民主化のリーダーの不思議な運命を改めて感じました」と述べた。

 宗像氏は1936年に鹿児島に生まれ、1961年に明治大学を卒業。日本人ではあったが、日本で台独聯盟に加わり、台湾で中核的な役割を担った。宗像氏の人生に影響を与えたキーパーソンである元駐日代表の許世楷は、偲ぶ会で「1959年末に東大に留学した際、たまたま宗像氏と同じ学生寮に住んでいた。当時、日本は安保闘争が激しく、宗像氏に台湾の現状について話したところ、自由と民主を愛する宗像氏と親友になった」と述懐した。さらに1961年頃、台独聯盟のリーダー王育徳が創刊した雑誌『台湾青年』の編集者として宗像氏を招いた。王氏は、宗像氏の誕生日が9月9日(重陽節)であることから「宋重陽」というペンネームをつけた。それ以来、2002年に第500号で停刊するまで宗像氏は『台湾青年』の編集長を務めた。

元駐日代表の許世楷

 許氏によると、宗像氏はとても責任感があり、酒が好きであったが、彭明敏教授を台湾から脱出させる「X計画」の執行にあたっては、何ヶ月も酒を一滴も口にしなかった。宗像氏は彭明敏教授に偽造したパスポートを持たせ、日本人として台湾から脱出させる事を計画した。パスポートの刻印は精密だが、業者に依頼する訳にいかない。自作を強いられたが、酒のせいで精密な作業ができなくなることを恐れ、数ヶ月間一滴も飲まなかったという。

 彭教授の台湾脱出を支援するまでは、宗像氏と彭教授は面識がなかった。宗像氏は「X計画」の成功の確率は5割しかないと見ていた。計画が失敗すれば、彭教授は国民党に暗殺される可能性もあり、宗像氏自身にも害が及ぶかもしれなかった。しかし、このお互いに会った事とない二人は互いを信じた。脱出成功の1971年5月に宗像氏と彭教授は米国で初めて対面した。2019年12月に宗像氏は美麗島事件40周年イベントに出席するために訪台し、彭教授に会ったがこれが二人の最後の会合となった。

 林建良氏は、日台関係に大きな影響を与えたもう一つの重要な出来事を明らかにした。1998年11月の江沢民訪日に関わる出来事である。1998年6月、クリントン米大統領が中国を訪問した際、上海で「3のノー」政策を発表した。「米国は台湾の独立を支持せず、“一つの中国と一つの台湾(中国と台湾とは別の国)”を支持せず、主権国家からなる国際機関に台湾が加わることを支持せず」というもので、当時、台湾は大きな衝撃を受けた。

駐日副代表蔡明耀

 江沢民は同年11月の訪日に先立ち、クリントンが発表した「3のノー」政策同様の内容を、日中首脳の共同声明に盛り込むよう日本に要請した。当時、宗像氏が動いて、小渕恵三首相のアドバイザーである末次一郎氏を訪台させ李登輝総統との会談を実現した。これにより日本が中国側の要求に従うのを阻止する事ができ、小渕首相は外国メディアから中国の圧力に屈しないとの評価を得た。

全台連会長趙中正の挨拶

 台独聯盟日本本部が開催した宗像氏を偲ぶ会には300人余りが出席したが、その中には長年にわたり台湾民主化運動を心に留めて支援した日本人も少なくなかった。謝聡敏氏の台湾の政治犯リスト持ち出した小林正成氏や、「台湾の政治犯を救う会」の手塚登志雄氏などである。

 宗像氏をよく知る元国策顧問の金美齢氏、日本の著名な政治評論家である櫻井よしこ氏、全日本台湾連合会の趙中正会長、在日台湾同郷会の岡山文章会長、国際政治アナリストの藤井厳喜氏、『李登輝秘録』著者・河崎真澄氏、台独聯盟日本本部の王明理・委員長代行らが宗像氏を偲び、蔡明耀副代表も出席して追悼を表明した。

 金美齢氏は、宗像氏は豪快な人物で、「宗像伯爵」と呼んでいた。普通のサラリーマン向きの性格ではなく、貴族のような心を持っていた。台湾民主化に参加したことによってその人生が輝いた。「よくやった」と声を掛けたい。

宗像氏の妻瑞江夫人

 宗像氏の妻瑞江夫人も出席し、感謝の言葉を述べた。宗像氏の熱意が、周囲の人を動かし、幸運にもいくつかの仕事のお手伝いをすることがでた。そのなかで、日本がある面で危機感を欠いていることがわかったという。

櫻井よしこ氏のあいさ

 櫻井よしこ氏は、宗像氏が台湾民主化運動に生涯をささげたことは、もっと多くの日本人に知られるべきであるとした。日本と台湾は運命共同体であり、日本と台湾は絶対に中国の手に落ちてはならない。今が正念場だ、と語った。

安倍元首相が「台湾有事は日本の有事」~三度繰り返す

 「台湾の有事は日本の有事。台湾と日本の関係をさらに緊密に発展させていきたい」。安倍元首相は4月25日、都内で開催した「安倍晋三清和政策研究会」の会長就任式典の講演でこう述べた。

 この発言は三度も繰り返され、参加した多くの華僑らは感極まった。「台湾華僑皆が喜んだ」「安倍先生の発言に勇気をもらった」など、台湾人らは一同に感激した様子だった。

清和政策研究会が開催した

 今回の式典は、安倍元首相の会長就任に合わせ10年ぶりに開催されたもの。挨拶後の講演では、第一次、第二次安倍政権時の実績と経過報告も行われた。その中で台湾に関係する発言が飛び出し、参加した40人を超える台湾人から喝采を浴びていた。

新冠疫情下的在日留學生面面觀之三 專訪在日台灣留學生如何面對疫情挑戰

【記者黃貴美/專題報導】自從新冠疫情爆發後,不少大學校園經歷了停課或停校,不少學校改為線上授課,一群懷抱著夢想來到日本留學的台灣留學生,面臨校園生活受到衝擊,以及暫時無法回國探親,或是回台探親後,暫時無法回到日本上課的窘境。記者特別採訪了幾位在日本留學的台灣留學生,聽聽他們在新冠疫情期間,經歷那些生活的變化和挑戰?

土壤灌入實驗

楊家寧(27歲)於2019年來到日本就讀語言學校後,申請成為東京農業大學的研究生,2020年3月日本疫情爆發後,父母希望她先回台灣,沒想到回台不久,日本就鎖國了,所以她的一年級研究生課程是在台灣用線上完成的,接著她在台灣通過線上考試,正式成為同校造園系大學院學生,通過線上課程的方式主修都市綠化,直到2021年8月,她才順利返回日本,開始校園學生生活。

楊家寧生活照

因此疫情對楊家寧最大的影響是,有一半時間都透過網路上課,與日本師生的交流時間和機會變少,對於不能享受學校校園的正常生活,她感覺到很可惜。明年即將畢業的她,希望留在日本,從事與都市綠化相關的實務工作,吸收日本的造園以及維護管理技術。

對於第一次到海外留學的同學她的建議是,廣結善緣,多交朋友,特別是處理自己不熟悉的事如租房,搬家,簽證等,建議先事先做好功課,多請教有經驗的前輩,或找到可以結伴同行的友人,會順利許多。

陳可容是創意設計系學生

陳可容(30歲)於2017年來日本留學,邊打工邊就讀語言學校二年後,順利進入一家連鎖超市企業成為正社員。前半年在鮮魚部工作,後半年在惣菜部(熟食部),辛勤工作一年後,發現自己最熱愛的還是設計相關工作,於是她用自己存下的積蓄,順利申請進入京都藝術設計專門學校的創意設計科,學習視覺設計,今年4月畢業的她,順利進入一家京都的造園公司的設計部工作。

疫情對學生生活的影響是,原本好不容易回歸學生身份,想當背包客到處旅行,例如用暑假去德國找在那邊讀書的朋友,這個計畫因為疫情泡湯了;另外疫情這兩年不能自由的回台灣,連家中的狗狗還有好朋友過世,也只能在螢幕前默默地流淚悲傷,原本以為很近的距離,因為一場世紀災難變得無比遙遠。

攝影是陳可容的愛好

疫情帶來的正面影響是讓她了解休息的重要,原本她是一個會把每個時間塞得滿滿的人,不輕易浪費時間,疫情期間一度被迫暫停打工,反而體會到休息或沉澱是為了走更遠的路這句話的道理,並且有時間去做那些一直想做,卻一直都沒時間做的事,例如有時間去好好讀一本書,寫信給朋友等等。另一個影響是感受到生命真的很無常,沒有什麼事比健康更重要,學會珍惜當下,對很多事不會再像以前一樣糾結,放不下。

陳可容課餘在麵包店打工

她覺得疫情帶來負面的影響是造成人與人之間的不信任和對立,例如疫情初期她曾因為防疫觀念不同跟一位好友大吵一架,放遠來看,許多國跟國之間也是因為這次的疫情,關係變得更緊張。

對於想要來日本求學或工作的人,她的建議是,常常會聽到大家抱怨日本跟想像的不一樣,但如果決定要來,就要保持開放的態度,不要害怕去接觸,認識,學習新的人事物,學習很多事都是一體兩面,每個優點背後也都伴隨著缺點,不管是人還是事都是如此,就像日本常常被詬病太過吹毛求疵,但也是因為這樣日本才能有所謂的職人精神。

陳可容的攝影作品

陳可容在留學期間曾利用課餘時間,在學校老師開的事務所,與京都的和食料理店和麵包店等打工,她表示並不是因為經濟原因才打這麼多工,都是覺得是很好的學習機會才去的,帶著開放的態度,多體驗不同的文化和人事物,得到的一定會比想像中還多。

日本中華聯合總會青年部助僑校抗疫 捐口罩和快篩劑防止感染擴大

【東京/綜合報導】日本中華聯合總會青年部為了協助日本各地僑校對抗疫情,分別捐贈了三千枚口罩和二十份快篩劑,希望能協助僑校防止學生的感染擴大,讓學生能無憂無慮地在學校學習。

青年部前往橫濱中華學院捐贈

 日本中華聯合總會青年部這次從秋田縣中華總會收到口罩和快篩劑的捐贈,希望讓青年部可以加以活用,後來經過青年部內部的會議討論,決定將口罩和快篩劑捐贈給東京中華學校、橫濱中華學院、大阪中華學校三所僑校,用來協助學校防止新型變異株的蔓延。

青年部前往大阪中華學校捐贈

 東京中華學校由吳淨雪副部長、劉怡慧秘書前往捐贈,並收到王東生校長的感謝狀;橫濱中華學院則由李明杰副部長和劉怡慧秘書前往捐贈,由羅鴻健理事長、杜文劍校長代表收下;大阪中華學校則由潘宇副部長和黃翠秘書前往捐贈,並與四月剛上任的校長蔣燁交流。

王校長頒感謝狀感謝青年部的愛心

 青年部部長又井公久也提到,日本中華聯合總會青年部的責任除了要擔起未來的僑界外,也要培育下一代的華僑,因此對於教導他們祖國歷史和對祖國認同的中華學校,應該要保有密切的聯繫和合作,一同協助華僑界的發展。

青年部與羅理事長和杜校長交流

日本北陸台商聯誼會首次舉辦線上講座 邀周東寬醫生談健康

【東京/採訪報導】日本北陸台商聯誼會於四月二十四日舉行首次的線上的講座,邀請到醫學博士周東寬以「正確的健康生活法是什麼」為主題,教導大家如何保持自己的身體健康,日本台灣商會聯合總會會長俞秀霞、大阪辦事處僑務秘書楊慧萍也受邀出席。

周東寬醫師分享健康資訊

 周東寬醫師在演講做成中,除了特別提醒大家平時的抽菸喝酒會致癌以外,也特別提醒如果特定的食物吃太多,或是其他的壞習慣的話,也都很容易造成癌症,並特別強調細胞的重要性等,此外平時要保持好的生活習慣、適當的運動等才會讓自己的細胞更加年輕

島田會長致詞

會長島田惠表示,自己是在因緣際會下認識周東寬醫生,而也從周東醫生那獲得很多協助,就覺得應該讓優秀的台灣醫生多多跟大家分享健康資訊,才舉辦這次的線上講座,而周東醫生也展現出專業,提醒了很多大家平時都不會注意到的壞習慣,真的很感謝周東醫師,也感謝俞總會長和楊秘書的支持和協助。

俞總會長致詞

日總總會長俞秀霞致詞時表示,北陸台灣商會聯誼會成立差不多一年,在島田會長的領導下,活動辦得有深有色,不僅與當地的日本政要交流,也多次參加日總活動交流會務,對於島田會長和北陸台灣商會聯誼會的用心,大家都是有目共睹,希望不久的將來北陸台灣商會聯誼會也能成為日總的團隊之一。

楊秘書致詞

 僑務秘書楊慧萍表示,今天很高興在線上跟大家見面,北陸台灣商會聯誼會成立短短一年,即便人數不多、規模不大,但還是舉辦了各式各樣的活動,像是淨灘活動,以及這次的線上講座,也期待北陸台灣商會聯誼會在島田惠長的帶領下,持續發展擴大。

 島田會長也提到,原本日本北陸台商聯誼會會去老人院探訪或舉辦台灣祭活動等,但現在因為疫情的關係都取消了,今年活動除了海邊淨灘活動外,也預計在五月二十九日端午節前夕,與石川當地市役所合作,教導日本民眾包粽子,希望促進當地與台灣的交流。